▼kooさん:
こんにちわ。すこしばかり遅いレスをお許しください。
>(前略)
>後、ゲイだということは”不幸”なことなのでしょうか?
>みなさんの意見をお願いします。
私はゲイであることは不幸だと感じていません。
以前は、とても強く不幸だと感じていましたけど、2〜3年前くらいから感じなくなりましたね。
人前で手を繋いだり、抱き合ったり、結婚したり、そういうのができないというのは、
すごく不幸だなと感じていましたし、他のカップルに対して嫉妬に似た感情もありましたが、
今付き合っている彼氏と出会ってから、そういうふうに思うことはなくなりました。
完全に消滅したといえば嘘になるかもしれませんが、
以前よりはそういうふうに思う感情は少なくなりましたね。
気持ちにゆとりができた、とでも言いましょうか。精神的に落ち着いてきましたね。
自分の話はこの辺にしておきまして、話を戻します。
ゲイであるということを、幸と受け取るか、不幸と受け取るか、
それは人それぞれでもありますし、その人の境遇・環境・経験によって個別的な意見があると思いますから、「あなたはゲイであることをどう思いますか?」と質問したら色んな意見がみられるでしょう。
そこに善し悪しなんてものは存在しません。
何を幸福として、何を不幸として、何を良しとして、何を駄目として、
何を正義として、何を悪とするか、これは本当に人それぞれであるからです。
だから、自分が思ったとおりのことを信じればよいのではないでしょうか?
そこに固執する必要はないですし、自分のなかで発見した「答え」もひとつの過程に過ぎません。
常に変わりゆく時代と、常に変わりゆく自分の気持ちにあった「答え」を発見するといいですね。
自分の意思・思考ひとつで、また新しい「幸福」や「答え」を見つければよいのです。
考え方次第で、人生というものは色んな見方ができると思います。
その考え方にも正解や不正解というものがありませんから、
だからこそ、人それぞれ違った見方のある人生があるのだと思います。
『すべての不幸は未来への踏み台にすぎない。』
どれを不幸とし、どれを未来とし、どれを踏み台にするかは個別的なものですが、
色んな人と知り合い、色んな価値観に触れるということは、
とても人生全般においてメリットになることだと思います。
そこから何を吸収して何を捨てるかは、後になって落ち着いてから決めればよいのです。
映画を見たり、読書をしたり、音楽を聴いたり、色んな人と恋愛してみたりするのも、
きっと自分にはなかったまた新しい価値観に触れることになりますから、
何かしらとっかかりのようなものはできるかもしれません。
>自分がゲイだと認めて上で、将来好きな相手と籍を入れることができず、ずっとこの先一人で生きていくのか将来が不安です。
私もこういうふうに思うことがありました。
推測にすぎませんが、きっとセクシャルマイノリティの方の多くが、
このように思ったり考えたりしているのではないでしょうか?
数年前にビアンのカップルの方と知り合ったのですが、
その2人は本当に幸せそうでしたね。
「私たちはずっと一緒って約束したから」と笑顔で語っていたのを鮮明に思い出します。
なんでも、学生時代に知り合ってからずっと付き合っているカップルだそうで、
お互いに決まりごとを決めたり、良いことと駄目なことを話し合って決めて、
今では同居してから5年ほど経つそうです。
本当にその2人は微笑ましくて、心から憧れてしまいましたね。
いつか私も彼女たちのようになれればいいな、と夢見たものです。
また話がずれてしまいそうだったので戻しますが、
たしかに将来や孤独への不安や、恋愛での失敗に恐れを感じてしまうこともあると思います。
ですが、どれを幸として、どれを不幸とするかは、自分が決めていることなのかもしれませんね。
人は自分で思うほど、幸福でも不幸でもないかもしれないです。
肝心なことは、生きたり望んだり楽しむことを、嫌になったり飽きたりしないことですね。
あなたにはあなたにあった生き方があるはずです。
それを見つけるのは一筋縄ではいかないでしょうし、
もしかしたら死ぬまでわからないかもしれません。
それでも、今日を、明日を、何をしようかと楽しみにしながら過ごしてみてください。
あなたは今日まで生きてきても、明日はまだ生きたことがありません。
明日はまだ白紙です。未来はまだ白紙です。
それにどういう文字を書くかは、あなたがもっている鉛筆で自由に描けばよいのです。
長々と長文失礼致しました。
では、kooさんの人生がプラスのほうへと進んでいくことを、祈っています。