僕も結婚制度に疑問を持つ一人です。
ノンケの社会でも結婚に対する概念、価値観は時代と共に移り変わっているわけですし、婚姻という形に固執しても仕方ないのではと思います。
今現在社会の中での婚姻をなぜ結ぶのかを考えてみた時に 名無しさんのおっしゃるこの部分
>「1人の人間とずっと一緒にいる約束を役所にしてくれたら、いろいろオトクですよ」
具体的にはきっと『生活財の共有権や遺産相続権、税法上の優遇措置etc...』なんかだと思うのですが、これらは別に婚姻を結ばなければ得られないと言うものでもないですし、、、。
現に日本よりずっと同性愛者への風当たりの強いヨーロッパでもキリスト教的文化的背景から同性婚は絶対認められないという流れになった時にシビルユニオン法だとかパートナーシップ法という考えで法の下の平等である婚姻した者の権利を保護することが出来るようになった訳ですし、結婚を『社会的経済的な当事者間の契約』と考える事で同姓婚の代わりとした訳で、、、。
以上の点から、法の下の平等とか権利の保護を考えた場合同性婚にこだわる必要もないのかなと考えます。
もちろんまだ日本にはそういったパートナーシップ法のような法律は無いので具体的な法整備までは、前回の参院選に民主党から尾辻さんのような方が立候補した時に話をよく聞いて納得したなら投票行動をすることによってゲイとしての政治へのコミットを少しづつ増やすしかないのですが。
ただこれは今現在の僕自身の場合なのですが、もし仮に同性婚が認められたとしても婚姻はしない気がします。
今現在付き合って6年目になる相方がいますが婚姻をしたいとは思えないんです。
誤解の無いように言いますともちろん『相方の葬式は僕がだす』位の覚悟はありますが、なんかこう結婚制度そのものに対する欺瞞っていうか嘘くささが嫌なんだと思います。
国力の無い時代や文明の草創期には婚姻は神聖視されてきたかも知れません。
まとまる力の無い社会を一つにするための最小の共同体として機能していた時代もあったでしょう。
でも今でもそうでしょうか?
今先進国と呼ばれる国のニュースでは等しく少子化が問題となって晩婚化、離婚率の上昇、未婚化が進んでいるってやってますよね?
国家への帰属意識や自分の帰属する共同体への意識も日本ほどではないが世代が若くなるにつれ希薄になっているといいます。
これはやはり結婚制度には無理があったと思えてならないのです。
ここで言う結婚制度とは今の結婚制度です、ユダヤ・キリスト教的価値観に基づく結婚のことです。
昔、これらの価値観が世界に広がる前には世界的に様々な婚姻や社会的精神的な結びつきがありました。同姓婚、一夫多妻制、etc...
一番古いもので古代エジプトの時代に国家が認めた同姓間のカップルの記述がありますし、アジアでもアメリカでもアフリカでも時代や地域を問わず同性間での結びつきは社会から肯定されていました。
一度僕らをゲイを排斥した(キリスト教的)結婚というモノをもはやその価値自体がノンケの間でも落ち目だというのに僕らがあえて求める必要ってないんじゃないかと思うのですが。
せっかくゲイとして産まれてきたのだから新しい価値観を見つけた方がいいのではないかと思います。