江原の「同性愛の人はもともと与えられた役割をとり違えているんです」発言を読み解く
同性愛の人がもともと与えられた役割とはなんなのか。
これまでの江原の同性愛についての見解では、
「同性を好きになることを選んで産まれている」というものだ。
江原は同性愛者の課題として「それだけ人を深く愛する」というのを挙げている。
普通の異性愛よりも人を愛するときの難易度が高く、好きな人と結ばれるのが難しいということになっている。
これを踏まえると、発言の意味は「同性を好きになること」を「取り違えた」と言っているのではないことがわかる。
つまり、同性愛者が愛を学ばなければいけないときに、肉欲性欲ばかりに走ってしまう
また不幸と決めて人生を投げやりに考えていること、
あるいは自分たちが普通であることを主張するあまりに差別と戦うことがメインのようになってしまっている人もいる
こうしたことを同性愛者の人生目的のとり違いとして指摘しているように思う。
どのみち子供ができないからと、性欲まかせに快楽を求め、好きでもない複数の人間とひたすらSEXにばかり明け暮れていては
本来の目的を取り違えているとして表現されても仕方が無い部分もあると考えられる。
同性愛者の問題点は反省点をも差別に摩り替えてしまう点だ。
それとこれとでは違うのではないか。
同性愛を差別しないからこそ、普通の人へと同じように注意を促せるということもある。
そこを勘違いしてはいないだろうか。
差別と忠告の区別は必要と思う。
彼らが好き放題やれるのに自分はなぜできないのかに苛立つことが同性愛者の目的ではないのである。