微妙な模倣者や寄付の方法から心配してました。
最初の発見者は爆発物の可能性を考えて、通報したためニュースになったそうですね。
しかし、これといった事件も起こらず、現場では困惑よりも喜びのほうが大きいようなので、配慮が必要だという意見は変わりませんが、訂正補足させてください。
リュックは一つ数万円と高価で、限られた予算の中で痛い出費らしいですね。
多くのリュックの寄付があると、リュックの予算を他にまわすことができるので、子どものために使えるお金が増えます。
大部分が貯蓄にまわる子ども手当てよりも、ずっと子どものためになります。
失業者からの寄付を批判される意見を拝見しましたが、これほどナンセンスな意見はあり得ないと考えます。
この失業者はリュックを買うことでさえ苦労していた子ども時代を思い出したのか、いまの自分の状況を鑑みたのかわかりませんが、子ども達に同じ貧しい思いをさせたくないという意志は一般の寄付者以上のものでしょう。
努力しても報われない方もいます。努力したくても追いつめられて、努力ができない環境にある方もいます。
この失業者に対して、「寄付するくらいなら自分が頑張れ」と言える方は、今まで努力が報われ続けて挫折を知らず、貧しい人はただの怠け者だと思われているのでしょうね。
模倣も配慮がなされていれば、否定はできないと考えます。他人のために良いことをして良い気持ちになることのどこに否定する要素があるのか理解できません。
たとえ模倣であっても、たとえ自分のためであってもです。