▼Thanatosさん:
確かにThanatosさん・彼氏さんの仰ることも一理あると思います。ただ、現在の子供の知識レベルの低さは、学校に完全には帰属しないと思います。一番恐ろしいのは家庭教育の程度の低さじゃないでしょうか。中学一年生に”平安京”という言葉を出しても、おそらく凄まじい答えしか返ってこないと思います。子供達自体のレベルは低くありません。ゲームなどの影響で、三国志や戦国時代には、随分と偏った知識を持っています。また、PCの扱いは私以上の子供なんて多くいますし、知識欲も乏しくないです。問題は、大人がバライティーやお笑いにしか楽しさ・娯楽を求めないところにあるのではないでしょうか。最近やっと、知識系の番組も増えてきたと思います。
日本の昔の教育形態が誤っていたのは言うまでもありません。数学的なセンスの悪さは、戦前・戦中・戦後で随分と替わります。おそらく、戦前の方が一桁〜三桁の単純計算は強かったと思います。逆に戦後の現在は、数III・Cに代表される微分積分の分野が強い学生が増えたと思います。少なくとも、微分・積分という言葉を知っている人は増えたのではないでしょうか。
ゆとり教育の弊害は、昔の悪い教育状態から対して変わっていない日本教育の”内容”だけを単純に減らした結果にあります。本当は質を追求すれば、学校の教科書というのは対して時間がかかるものではありません。少なくとも、だらだら一週間に4,5時間も授業があるのに、塾より進度が遅いどころか、復習にもならない学校があったりする以上、教員の質の低下も、理由の1つではあるでしょう。
ただ、おうちで何も教わって無い子が多いです。有名な絵では、魚の切り身が海を泳いでる絵を描く東京の小学生、文章では実際の国語教員は嘆いているようです。
今の教育現場を一概に肯定することはできません。完全に否定することができないのは、一部の前線で戦っている教員が優秀だからです。そこを否定しなければ、今の教育は否定できると思います。
試すのはいいことです。でも、実際試されてしまった時間や失った可能性は戻すことができません。だからこそ、試行錯誤した経験が若干でもある大人がもう少し誠意を持って、子供達の教育環境のみならず環境を考えなければいけないと思います。
今の子達の弱さは、弱さというよりも、脆弱さといった方が良いと思います。もともと耐久力が無いです。怒られたり、けなされたり、負けたり、否定される経験があまりにも少なすぎます。多くても問題ですが、理由があって、子供が自覚しているのであれば、きちっと叱ったり、間違いを正すために行動を否定することも必要だと思います。
彼氏さんは、そういった弱さにも腹が立っていらっしゃるのではないでしょうか。
と、ここまでは理想論で、私はバライティが消えてほしいなんて思いません。ってか、にしおかすみこさんとかを子供が見て、”SMってなぁに?”って言われて困る親もまた一興だと思いますし、ってか、それが暖かさなんじゃないですかね?でも、今はその暖かさが無いのに、軽薄な笑いが増え続けているような気もしますし、やっぱり子供にとっていい環境では無いと思います。だからこそ、バランスが大事というお言葉通り、バランスを考えつつ、いい状態に立て直すことが必要なんじゃないでしょうか。 JING