そもそも科学万能主義とはいかなる点において万能なのか、@万物及び一切の事象を解明できること、そしてここでいう解明とは『真理の発見』のことを言う。A万物及び一切の事象を完全にコントロールできること、このニ点を私は科学万能主義が企図するところの『万能』と考えます。私は科学万能主義は肯定できません。(@についての検討)なぜなら科学によって解明されている物質・現象はほんの一部にすぎないといわれていますし、科学自体がおおよそ仮説の上に仮説をかせねてできあがっているからです。
確かに、将来科学によって全てが解明されるとも考えられます。しかしだからといって科学が万能であることにはならないと思います。なぜなら可能性というのはありとあらゆることに必ず存在するからです。逆にいえば科学が永久に全ての物質・現象を解明できないという可能性も存在することになります。これは科学自らがしめすところであります。すなわち数理科学では0%はありえないのです。したがって将来科学が全ての物質・現象を解明できる『可能性』があるからと言って科学が万能であるという帰結は演繹的には導き出せないのです。
次に、科学といものはおよそ、ある現象について、定義付けを行い、それを前提として仮説をたて実験による結果をもってその仮説・定義が正しいであろうことを証明するものです。換言すると科学的証明は帰納的証明なのです。帰納的証明というのは、演繹的証明(『あれなければこれなし』)と異なり、『あれなくてもこれあり』というように必ず一つの原因から一つの結果が生じるというものではないのです。つまりは科学的証明では『この物質・現象から、あの物質・現象が発生する』とされていても真実は『異なる物質・現象からでも、あの物質・現象が発生する』こともあるのです(逆もまたしかり)。また同じ科学的証明であっても前提をどう定義づけるかで帰結もことなってくるのです。
すなわち科学は『説明』することはできても『真実』であるとは限らないのです。したがって科学では万物及び一切の事象を解明できるとはかならずしもいえないこととなります。
(Aについての検討)万物及び一切の事象をコントロールするためには真理を解明することが必要不可欠となると思われますが、前述したように科学は必ずしも万物及び一切の事象を解明できているわけではありません。真理が必ずしも発見出来ない以上完全にコントロールすることなどできないこととなります。
よって科学万能主義は肯定することはできません。