▼JINGさん:
> あらゆる宗教において、根本の経典に”同性愛を禁じる”と、明記してあるかどうか、真実をご存じないのではありませんか? キリスト教において、同性愛を禁止しているのは、キリスト原理主義を筆頭とするものです。イスラム教でも同様で、明記はありません。『何も生まない行為はいけない』という教えが、共通してあるだけのことです。その辺で売っているような、聖典を読んで、なんでも知った気になっては、いけないと思います。根本は原本です。
”同性愛を禁じる”とは書かれてはおりませんね、確かに。禁じているのは男色ですよね。でも同性間のセックスはタブーであるわけですから「同性間のセックス」につながる同性愛もタブー視されて当然でしょうし不道徳ですよ。ですからクリスチャンの人たちは同性愛者にきちんと将来は異性と結婚し子を成しなさい、と言うをわけです。『何も生まない行為はいけない』からこそ、子を誕生させない同性愛者は許されないわけです。
> ちなみに、宗教的観念が支持されるのならば、どうやって大量殺人をした宗教を許すのでしょうか。何にも殺人を許されるような経典は無いにもかかわらず、人間の勝手な解釈と目先の欲望で行動していることが、理解できないほど、幼稚なのでしょうか。宗教が支持されたのは、それにおける”倫理観”が正しかったからです。それは、開祖が居た当時最も盛況で、その弟子達の勝手な解釈は対立の理由になり、派閥分離になります。
旧約聖書のレビ記には『女と寝るように男と寝るものは必ず処刑されなければならない』と書かれてます。基本的にキリスト教は生産性を伴わない快楽だけを求めたセックスは全て背徳行為とみなしますから同性愛など許されるわけが無いのです。
> 科学的にも、道徳的にも、倫理的にも、正当性があるのなら、宗教的観念を一部混ぜても構わないでしょう。しかし、彼ら同性愛批判者の主張は『我々は、偉大なる神々(イエスなど)の仰っていることを(自分達で勝手に解釈して)遵守しているに過ぎない』これのどこに正当性があるのでしょうか。子供を産まないことが、間違いであると誰が言いました?大半の学者が、この命題に『返答不可能』と答えます。理由は様々ですが、『数が増えることは必ずしも正しいことではない、強い生物は出産の個体数を減らす。最終的に個体数が1をきったとしても問題は無いともいえる。』『自殺因子に証明されるように、生物の全てには”数を減らす”ための遺伝子がある。その手段をどのように表すかは、予測不可能である』『繁殖し、強い力を得て、何になるのか。病原体は、強い力と繁殖力を持つが、最後は死に絶える。出産優生学は、すでの過去の遺物であり、それの正統性を示す材料は何一つ無い』
爆発的人口のために、「数を減らす」がために同性愛が異性愛の副産物として生じたと仰りたいのですね?なるほど、実に科学的ですね。しかし所詮は少数派ですし、社会的な偏見というものはよほどのことがない限りは払拭できません…
人間社会で孤立するのがオチです。あなたがどう原点回帰した聖書学を叫ぼうと肝心なのは今現在です。あなたの言う「勝手な解釈と目先の欲望で行動している信者」が多数を占めるキリスト、イスラム文化圏では同性愛者は道徳的罪人であり死罪に値する存在です。
話は反れますが、アフリカの人たちは宗教的理由に関係なく同性愛者への差別が強烈にあるらしいですね。もし自分たちの身内に同性愛者がいたら殺すよ、だとか以前に放送されていた某番組で言ってましたからね。それほどまでに同性愛者が憎まれる理由はなんでしょう?やはりどこかで「いけないもの」と人間の深層心理にあるのかもしれませんね。