俺「ただいま」
家に帰り、食事と風呂を済ませてから部屋でカズヤにメールをした。
夜10時を過ぎてからようやく返事が届いた。
和『ヒカルから聞いたのかぁ。ヒカルと話をしたのは事実だよ。俺とシュウが今の関係になった後にヒカルがどうするかまでは聞かなかったけど』
俺『どうして話した事を黙ってたの?』
和『知ってた方が良かったか?シュウが自由に動き易いと思ったから黙ってたんだけど』
俺『そうかもね。ヒカルもそう言ってた。ただ俺にはカズヤがヒカルと何回も話してたなんて驚きだった』
和『まぁな、ヒカルって話してみたら最初のイメージとはかなり違ったんだよ。意外に相手に気を使うところがあるみたいだから、話し易いっていう感じかな。それで結果はどうだった?今メールしてるって事はヒカルに殺されずに済んだか(笑)』
冗談なのか、それとも殺されるはオーバーとしてもどうにかなるかもしれないって考えていたのだろうか。
俺『今度ゆっくり話すけど、今まで通りって事みたい』
和『そうか!良かったな。シュウの悩みが消えて良かったよ』
俺『とりあえず話した事は良かったけど、全体的なものが良かったかどうかはまだわからないよ。ところでカズヤの悩みは解決しそう?』
和『俺のはまだまだだけど頑張るさ』
俺『そうだね。じゃまた学校で詳しく話すよ。お休み』
そうやりとりをして終わった。
俺との仲がどうなるとか、今からどうしていくかとか、特に聞かれる事はなかったので考え込む必要もなかった。聞かなかったのは、カズヤ自身の部活の悩みが大きかったからなのかもしれない。
試験休みの週明けに登校した。
この時期は特に授業もあるわけではないが、今日は午後までいろんな事で拘束されてしまう。
昼休みにいつものようにヒカルと会う約束をしていた。
今日は珍しくグラウンドへ出て時間を潰す予定だ。というのも、昼休み前の授業の終わる時間がいつもより早いと聞かされていたので、昼休み自体がかなり長くなり、だったらたまには外に出ようって事になったのだ。
さらに、天気予報で今日はかなり暖かいという予想だった為もある。
待ち合わせ場所の玄関まで来たが、俺の方が早かった様だ。外に出てすぐ脇のベンチに座って待つ。
確かに予報通りで風もなく暖かい。桜が咲くまではまだだがそれでもこの時期としては心地良い。
ベンチでボーっとしているとヒカル以外の声が後ろから聞こえてきた。どうやら俺を呼んでいる様だ。
?「先輩!久しぶりっス」
慌てて声のする方を振り返って見た。
一瞬誰か分からなかったがすぐに思い出した。カズヤの家で会った事のある、ラグビー部の後輩のツヨシだ。
俺「あぁ、久しぶりだね」
剛「いくら呼びかけても答えませんでしたが、大丈夫っスか?」
俺「えっ?あぁ、そうだったんだ、気づかなかったよ。座れば?」
剛「はい」
気を遣っている様子だったが、少し申し訳なさそうに俺の横に座った。
最初に会った時の印象と同じ様に、相変わらず爽やかな雰囲気が漂っている。
俺自身部活もやっていないし、1年生の仲の良い奴なんて全くといっていいほどいない。こうしてみると俺にとっては初めてゆっくり話す1年生って事なのかも知れない。
剛「何してたんですか?」
俺「待ち合わせだよ。そっちは?えーっと、ツヨシ君だっけ?」
剛「名前覚えてくれてたんですね。ちょっと嬉しいっス。ツヨシでいいですよ、呼び捨てで」
そう言って笑った顔は益々爽やかだ。俺も自然に笑みが出る。
剛「外で昼飯食べようと思ってダチを待ってるところっス」
俺「そっか。部室で食べたりするの?」
剛「いいえ。部室は昼休みも先輩達が来ますし、とても入れないっスよ」
俺「やっぱり先輩は怖い?」
剛「そうっスね。優しい先輩もいますけど。カズヤ先輩なんかはみんなに優しいっス」
カズヤの名前が出てきたところで、不意に聞いてみたくなった。
俺「最近部活はどう?」
唐突に聞かれたので、ツヨシもちょっと考えている様だ。
剛「練習は厳しいですね。でも俺はラグビーが好きだから気にならないっスけど」
俺「ラグビー部ってみんな仲いいの?」
剛「先輩と後輩がって事ですか?」
俺「それもだけど、2年生の中でとか…」
そう言われてツヨシはちょっと考えている様子だった。俺に言えなくて困っているのだろうか、少しだけ真面目な顔になった。
俺「なんとなくさぁ、カズヤから聞いてるんだよね。多分俺だけに話したのかも知れないけど、カズヤと他の2年の奴で揉めてるらしいじゃん」
一応話を誘導してそれとなく聞いてみる。
剛「そうですね…」
再度考えるような顔をしたが、決心がついた様に俺を見た。
剛「俺が話したってできれば言わないでくださいね。1年はみんなカズヤ先輩を慕っているんですけど、多分2年生の何人かとは最近あまりうまくいっていない様ですね」
俺「2年って何人いるの?」
剛「10人くらいっス」
俺「そのうちの何人くらいと仲が良くないの?」
剛「4人かな…」
俺「どんな奴?」
剛「人数は少ないっスけど、割合キツい事を言う先輩達かな…。あぁ、俺が言ったなんて言わないで下さいね!」
俺「大丈夫だよ。約束するから」
剛「はい。他の先輩達は何も言わない人が多いから、いつもカズヤ先輩と4人の先輩とでぶつかるって感じっスね。でもその4人の先輩達はみんなフォワードなんで重要だし、なんとか纏まってくれればいいんスけど…」
ちょうどその時に友達が来た様でツヨシは立ち上がった。
剛「じゃ俺行きます」
俺「うん。今の話は絶対に内緒にしておくから」
剛「お願いします。またゆっくり話したいです」
俺「そうだね。じゃ!」
ツヨシが走って行き友達と合流するのを見ながら、ラグビー部のメンバーの事を考えていた。
光「あれ誰だ?」
いきなり耳元で声がしたので飛び上がってしまった。振り返るとヒカルが怖い顔をして立っていた。
俺「ビックリするじゃん!いつからいたの?」
光「今来たところだよ。別にビビる事はないだろ?それともなんかヤマシイ事でも話してたのか?」
俺「そんなんじゃないよ。ラグビー部の1年だよ。ちょっと部活の事とかを聞いていただけだよ」
光「またカズヤの事か?」
俺「カズヤが部活の事で悩んでるから、どんなもんか聞いてみたんだよ」
光「ふ〜ん、気にいらねぇな」
そう言って歩いていってしまった。
ヒカルの態度に少し呆れてしまうが、ヒカルの気持ちが分からないわけでもないし、このまま放っておくわけにもいかず後を追う事ににした。
俺「ヒカル!待てってば!」
いくら呼び止めても全く無視して歩き続けていく。
まっすぐ抜ければいつもの帰り道である裏門に向かうが、手前を右に曲がり一応はグラウンドの方に向かった。
前もって昼休みはグラウンドで日向ぼっこをする約束だったので、強ち一方的に無視してるわけでもない様だが、それにしても俺の声が聞こえているはずなのに、ヒカルは振り向こうともせずに足早に歩いていく。
やっぱりカズヤの絡んだネタに対しては敏感に反応するのだろうか。そうだとすれば今後が思いやられる。
仕方なく、無理に追いつく事はせず、等間隔を保ちながら後ろをついて行く事にした。
剣道や柔道に使われる道場を抜け、左手に体育館を見ながらさらにまっすぐ進んだ。その向こうには部室があり、そしてグラウンドだ。もうすでにグラウンドが見えてきている。
どこまで行くのかと思っていたら、ヒカルは体育館を過ぎた所でいきなり立ち止まった。
何故か理由がわからなかったが、とりあえず追いついたのでホッとする。
俺「ヒカル!いいかげんに機嫌をなおし…」
光「しっ!」
人差し指だけを立てた手を口にあてるポーズ。『静かにしろ』っていう合図だ。
なんだかわけがわからなかった。
俺「何?」
光「静かにしろって!」
そう言って、とある方向を指さした。
体育館と部室の間には、体育や部活に使う用具を収納する倉庫がある。ヒカルが指さしたのはその方向だ。
俺「どうしたの?」
俺は囁く様にヒカルに聞いた。
光「中で話してる」
中途半端な答えなので俺には理解できなかったが、よく見ると倉庫の入り口が少しだけ開いていて、中から聞き取れるかどうかわからないくらいの話し声が聞こえてきている。
エッチでもしてる声が聞こえるんじゃないかと思ったが、そうじゃないらしい。
はっきりとは聞こえないが何か揉めている様子だ。たまに罵声が混じる。
俺「誰がいるのかな」
光「俺が見たのは3人だな。1人はカズヤだった。あとはラグビー部の奴らだよ」
俺「カズヤなの?」
カズヤと聞いて驚いた。さっきのツヨシの話が思い浮かんだ。
俺「揉めてるなら止めにいった方がいいんじゃない?」
ヒカルの顔を見たが何か考えている様子だ。
光「おまえの話の通りなんだな。でも俺達が行ってカズヤのプライドを傷つける事にならないか?」
言われてみるとその通りなのかもしれない。
どうしたら良いのか考えていると、中から人が出てきたので、慌てて2人で隠れた。
俺「どうしようか」
ヒカルと隠れて見ていたが、出てきたのは予想通り同級生のラグビー部員3人だった。俺達とは反対側に歩いて行ったので見つからずに済んだが、カズヤは一向に出てこない様だ。
俺「本当にカズヤが入って行ったの?」
光「間違いないよ。おまえ行ってやれよ」
そんな事を言われても、カズヤになんと声をかけたら良いのか思い浮かばない。
俺「一緒に行こうよ。なんか自信ないし」
光「俺が行ったらトラブルの元になるだろ?」
俺「今は大丈夫でしょ」
光「そうだけど、もし中でカズヤが落ち込んでたりしたら、そんな姿を俺に見られたくないって思うだろ?おまえだけがいいよ」
ヒカルの言う事はその通りかもしれない。
でも俺としては1人だと心許ない事もあったが、この際3人で会ってみてお互いの蟠りをなくしたりだとか、悩みを共有できれば良いかなと思い、何としてもヒカルを引っ張っていきたかった。
俺「いいから一緒に行こうよ」
強引にヒカルの手を掴んで倉庫に向かおうとした。
光「やっぱヤだって。苦手だよ」
ヒカルは嫌な時には怒ってでもきっぱりと断るが、今はそれよりも弱気な感じに写る。
光「なんで俺が行かなくちゃならないんだよ」
俺「俺がカズヤのトコに行ったら、残ったヒカルがどういう事を考えるか俺にはだいたいの想像がつくからだよ。ヒカルが行かないなら俺も行かない」
ヒカルは少し気に入らない顔をしたが、ようやく折れた様だ。
光「わかったよ」
なんとかヒカルを説得して、2人で倉庫の入り口の前まで来た。
僅かに開いたドアからは、ボールをついたり壁にぶつけたりする音が聞こえてきている。
ドアに手をかけてゆっくりと開けた。
中からはジンワリと湿った独特の雰囲気が伝わってくる。どうして体育倉庫はこうもジメジメするのかと一瞬考えたが、すぐに気持ちを現実に戻した。
薄暗かった部屋も、ドアを開けた事で明るい光りが入り込み、少し見えやすくなる。
見回すと、カズヤは一番奥にいてこちらに背を向ける感じで、平均台の上に座っていた。
少し頭を俯き加減に下に向け、ハンドボールを抱えている。
俺「カズヤ」
小さく呼んだ俺の声に反応してカズヤは振り向いた。
俺とヒカルを交互に見る目が少し潤んでる様に感じられた。