和「なんだよ、2人揃って」
何事もなかった様にカズヤは俺達に話しかけてきた。
俺「偶然カズヤが見えたから、どうしたのかと思って」
和「なんでもないさ」
俺「ちょっと声が聞こえたけど、また部活の事で揉めてた?」
カズヤは答えずに黙っているだけだ。
俺「あまり悩まなくてもいいと思うよ。カズヤが悪いわけじゃないって俺は思ってるから」
和「気休めはいいよ」
俺「そんな事ないさ。多分さっきここにいた奴らだけが捻くれてるだけだよ。他のみんながカズヤについていくならそれでいいんじゃない?」
和「団体スポーツはそういうわけに行かないよ。それに俺がキャプテンになったからかなって最近思ってるし」
いかにもカズヤらしく完璧を求める感じの答えだ。
光「じゃ辞めれば?」
今まで黙っていたヒカルがいきなり言ったので、俺もカズヤもびっくりしてヒカルを見た。
光「おまえが辞めたければ辞めた方がいいよ。そうすればみんなが纏まるならそうした方がいいだろ?」
いかにも棘がある言い方だ。
和「そうだな。でもおまえには言われたくないよな。大して部活の中の事なんて分からないだろうし」
光「そっかぁ?外から見てても分かるよ。纏められないなら他の奴にやってもらえば?簡単じゃん」
なんだか急激に険悪な雰囲気になってきてしまった。俺は2人の勢いに押されて、ただ見ているだけだ。
カズヤはそれ以上口を挟もうとはしなかったので、ヒカルも言葉を返す必要もなく、しばらく3人で立っているだけって感じだった。
光「外で待ってるからな」
そう俺に言ってヒカルは出て行こうとしたが、ドアの前で最後にカズヤに向かって言った。
光「俺にシュウの事を話してきた時には、俺に合わせて妥協したりとかしてたから、もう少しできる奴かと思ってたよ。じゃあな」
なにか冷たく言い捨てる様な感じの言葉を残して出て行った。
俺「相変わらず口が悪くてごめんね」
和「シュウが謝る事じゃないさ。でもヒカルは今怒ってる感じだったか?」
そう言われてみれば、キレてるのとは何か違うような雰囲気だった様な気が確かにする。
俺「言葉はキツいけど、キレてるってほどでもなかったと思うけど?」
和「そっか」
そう言ってカズヤは何かを考える様な顔をしている。ヒカルの言葉に腹を立てている様でもなさそうに見えた。
和「もういけよ。ヒカルが待ってるだろ?」
ほとんど話もしないのにヒカルと俺に気を遣っている感じだ。
俺「そうだけど。カズヤを認めてくれる人の方が多いみたいだし、辞める事なんてないよ。俺は今まで通りでいいと思うし。きっとみんなカズヤについて行くさ。でもさっき何話してたの?」
和「些細なことさ」
俺「俺にも話せない?」
和「まあな。話したら情けない奴みたいだろ?」
やっぱりカズヤのプライドなのか…。
俺「別に俺なら気にする事ないじゃん?お互いもっと恥ずかしい事したしね」
笑ってみせると、カズヤも理解したのか薄笑いしている。
和「あれはまた別の恥ずかしさだな。どっちも男として恥ずかしい面があるよな」
俺「話して楽になるなら聞くよ?それともやりながら話そうか?恥ずかしさを全部出すみたいな」
カズヤはさっきよりもさらに笑顔になったが答えなかったので、俺の方から切り出した。
俺「じゃ決まりね。いつ?」
和「チョ、ちょっと!別に決まりなんて言ってないだろ?」
俺「いつもそっち方面は俺が困るくらい積極的じゃん?イヤになった?」
和「そうじゃないけど、ヒカルに話してから時間が経ってないだろ?だからなんかな…」
俺「でもカズヤが話したいならすぐの方がいいでしょ?2人の方が話しやすいし」
和「まぁな。じゃ家に誰もいなくなる日を調べてみるよ」
俺「うん。でもたまには俺ン家に来る?」
ちょっと考えてる風だ。
和「今は辞めとくよ」
何で今はダメなのか理由を言わなかったが、カズヤは拒否した。
俺「わかった。じゃ近いうちカズヤの家でね。できるだけ早く」
和「そうだな。ありがとな。てか早く行けって。ヒカルがキレるぞ?」
俺「一緒に出ようか?ヒカルと3人で話さない?」
和「それも今は辞めとく。ヒカルにありがとうって言っといてくれればいいよ」
俺「分かった。じゃまた後でね」
そう言って倉庫を出た。
グラウンドに出てヒカルを探した。一番奥のベンチに座っているのが見えたので急いで合流する。
俺「待った?」
光「おせーよ」
意外にサバサバした顔をしている。カズヤのイザコザがあったおかげで、なんとなくツヨシとの事も忘れてしまっている様だ。
俺「悪かったね。カズヤがヒカルにお礼を言っといてだってさ」
光「ふぅ〜ん」
ヒカルはそう言って遠くの方を見ていた。
俺「わざとあんな事をカズヤに言ったんでしょ?」
光「わざとって?」
俺「『辞めれば』なんて言えばカズヤが発奮すると思って」
光「知らねぇよ」
目も合わさず反対側を向いてしまった。そんな態度を見てるとなんとなく笑ってしまう。
俺「意外に優しいんですね〜。ヒカル君はカズヤ想いなんだもんね〜」
ちょっとふざけて言ってみたが、気にいらないのか俺の顔を睨みつけた。
光「そんな事ねぇよ。本心からそう思ってたから言っただけだし」
そう言うものの、顔を見れば想いは別だという事は明らかだ。
俺「ヒカルにお礼を言ってたって事は、きっとヒカルの優しい気持ちも伝わったはずだよ」
『それなら良かった』とでも言いたかったのかも知れないが、それについては特に何も答えなかった。
しばらく無言でいたが、改めてヒカルが話し始めた。
光「同級生にあんなキツい事言われるところに出くわしたら、おまえの話が嘘じゃないって事も分かったし、おまえがカズヤを可哀想っていう気持ちも少しだけは理解できるかな」
俺「そう?そう言えばさっき玄関で話してたラグビー部の後輩にも、その辺の話を聞いていたんだよ。1年は誰も文句も言わずカズヤを慕ってるみたい。逆に2年はあまり口を挟まないらしいから、カズヤと2年の4人がぶつかり合って、全体的に暗い雰囲気にしてるって事らしいよ。カズヤも完璧主義なところがあるからね。でもみんながカズヤ寄りならそれほど深く悩むことはないかも知れないよ。そこントコを今日は話せなかったけど、今度カズヤに話してやろうかと思ってるけどね」
光「それでいいんじゃねぇの」
このさり気ない同意の言葉に、ヒカルの優しさが込められている様な気がした。
俺やカズヤに対して、全く考えていずにただ怒っているだけの様に見えても、実際には心の中では相手に気を遣ったり思いやったりしているのがすぐに分かる。またそうでなければ俺とカズヤのつき合いを許すわけもない。
ヒカルの心の広さと気配りは、仲良くなればなるほど深く感じられてくる。最近のカズヤ自身も、ヒカルのそういったところに気づいたのかも知れない。
光「何ニヤニヤしてんの?」
考え事をしてるのを見られた様だ。
俺「別に〜」
そう言ってヒカルを見て笑った。
光「ところでさぁ、さっきなんでカズヤとおまえの2人だけにしたか分かるか?」
質問の真意が読めず、しばらく回答に苦慮していた。
光「1つ媚を売っといて、次は俺の番って事だからな」
俺「えっ?」
光「物分かりが悪いな。俺とおまえだけでいたいって事だろ!」
さっぱり分からない。
俺「今こうしているでしょ?」
光「それだけで済むと思ってるのかよ!カズヤと2人だけにしてやった分、久々に本格的にやりたくなったんだよ。最近ヤッてなかっただろ?」
俺『あ〜そういう事か…』
俺は少し呆れた顔をした。
光「なんだよ!その顔は」
俺「媚なんて売らなくてもいつでもOKでしょ。いつにする?」
光「じゃすぐ」
俺「じゃ春休みに入ってから泊まりに来る?家族はみんな出かけるから誰もいないし」
光「なんでいねぇの?」
1つ上の兄貴が都内の大学に進学する事になり、一人暮らしをする事になった。一人暮らしといっても、父親が都内での仕事もある為、時々泊まれるようにと、ある程度部屋の数があるマンションに住む事が決まっていた。俺が大学に行く時にも、そこから通う事ができる様になっている。すでに引越しは済んでいるが、春休みは家族みんなでそこに何日間か泊まる事になっていた。
俺「…って事でみんな出かけるからさ」
光「おぅ!そうしようぜ。誰もいないなら、いろんなことをして声を上げても構わないわけだし、何でもできるよな?」
俺「まぁそうだけど…何をする気?」
光「色々だよ」
俺「酷い事はしないでよ」
光「えっ?何言ってるか聞こえないなぁ〜。俺がやりたい事をやって、おまえはついてくるだけだろ?」
そう言って、両耳を掌で塞ぎながら、ニタニタとイヤらしく笑っている。
そんなバカげた顔をマジマジと見ながら、さっき思い浮かべていたヒカルの気配りや思いやりの気持ち等は、すべて撤回したくなっていた…。
俺「早かったね」
短い春休みに入り、家にヒカルがやってきた。一方のカズヤからはあれ以来特に連絡がないままだった。
光「急いで来たからな。それにしてもサブっ!」
今日もバイクで来たが、やっぱりこの時期でもまだ寒い。ヒカルの家から俺ン家までバイクで30分くらいだが、実際には海抜にして300mも上ってくる。気温にして4〜5℃くらいは必ず低い。
俺「いきなり風呂入っちゃう?」
光「いいねぇ〜」
まだ昼過ぎだが誰もいないし何をしても自由だ。急いで風呂を沸かす事にした。
光「一緒に入ろうぜ」
俺「うん」
脱衣所でお互い全裸になり鏡に向かう。
光「白くなっちまってつまんねぇの。おまえも競パン跡が丸っきりなくなったし。他の奴に比べて黒いって思ってたけど、気がつかないうちに結構白くなるって事だな。冬は日焼けマシンで焼いてみるか?」
俺「やだよ。トースターや魚焼きグリルみたいじゃん」
光「いいだろ?ちゃんと料理してやるし、きれいに食ってやるからさ」
俺「なにそれ。怖いから遠慮しとく」
そんな事を話しながら湯船に浸かった。
お互い向かいあって浸かったり、少し湯船の縁に座ってみたり、長々と風呂を楽しむ。
2時間近くも経ってようやく風呂から部屋に戻った。
適度に暖房が効いていたので、軽装のまま2人でベッドに転がった。
俺「いつまでいるの?」
光「家族はいつ帰ってくる?」
俺「週末だから4日後かな」
光「じゃ3日いるよ」
厚かましいと思う事もなく、伸び伸びと気軽に言えるヒカルに頼もしさを感じる。
俺『ずっといてくれるって事か』
素直に嬉しくなる。
俺「ところでクラスはどうなった?」
光「おっ、そうそう!また同じ棟になったよ」
俺「良かったね!ジンとかはどうなの?」
光「あいつらまた別棟だよ。なんでだろな、最後の学年くらい一緒にしてくれればいいのにな」
ジン達3人のうち、1人だけは別のクラスになったらしい。
光「とにかくおまえと一緒の棟で良かったな。いつでも会いやすいし」
学校の行事などでは、棟単位での行動になる事が頻繁にあるので何かと便利だ。
俺「ヒカルがそばにいてくれて嬉しいよ」
言葉を発した俺の唇に、ふいにヒカルはそっと唇を重ねてきた。