「・・なんか聞くか?」
ゆういちが呟く。
「そうだね。何かあるの??てか、ゆういちどんなの聞くの?」
「あんま最近の曲わかんねーけど、スキマスイッチとかなら」
黒のMDだ。
「あ、そーなんだ。レミオロメンとかは?」
「聞かねーな。おまえ、好きなん?」
「うん!最近またアルバム買ったんだ☆」
レミオロメンはあの切ない感じが大好きだ。
特に粉雪は外せない。
「そっか。今持ってるか?」
「今は、持ってるかわからないけど・・ちょっと待って・・・・あ、あった。」
不確かな時間だった。流れてはぶつかり、またぶつかって行くような。
また時間が止まればいいのに。
なんであんなに温かかったレモネードは冷めてしまったんだろう。
なぜあの気持ちは変わってしまったんだろう。
ゆういちの部屋にいると、いつもとは違った曲調が耳に囁きかけてきた。
ゆういちの部屋は暖かかった。
白く物静かな壁に掛けられたこげ茶色のコートが微笑んでいる。
シルバーのCDラジカセの蓋の隙間から青紫色のCDが顔を出す。
おそらくゆういちが前に聞いていたものだろう。また邪念が頭を過ぎる。
「・・お前もさ、こんくらい強ければ良いのにな。こんくらい強かったらもう泣かないぜ?」
壁がとても堅かった。弾力があった。
ゆういちの言葉が僕を掻き乱す。
ふと幼少の頃の記憶が鮮やかになる。
母にX'masに買ってもらった苺のケーキだ。
キャンドルは温かくて、溶けていった。
母は嬉しそうだった。
「・・もう、泣くなよ。俺だって悲しいからさ。」
ココアの中にクリームが溶けていく。
ほろ苦いビターの味が恋しくなる。
ゆういちはなんでこんなにも僕に優しくしてくれるのだろう。
僕がゆういちにしてあげられることなんて、これっぽっちもないのに。
操り手のいない操り人形のようにただ手をこまねいて、待っていることしか出来ないのに。
「だからさ、その、なんだとりあえず一緒にいないか?」
痛いところなのに、まだ治ってないのに。瘡蓋が捲れそうだ。
マキロンは持ってない。
食欲を満たしたいキリンに餌をあげた子供は罪人であろうか。
キリンはそれを知っていたのか。
ゆういちの顔が眩しかった。
直視するにはサングラスが欠けていたし、目を背けるには光が足りなった。
光より明るく、太陽よりは温かくないかもしれない。
だけど僕は逃げないことにした。
一度咲いた花は枯れるのだから。
失うことから、傷つくことから、恐れから、そしてゆういちから。
もう一度植え替えて、根を優しく拭いて、ふたたび咲かせたいと思った。
傲慢かもしれない。
だけどそうやって生きていくしかなかった。
ずっと抱きしめ続けなきゃいけないんだ。
僕の頭にそう言葉が呼びかける。
青い空に白い雲は必要だった。
狂おしくて、愛しくて、壊さないように、だけどぎゅっとぎゅうっと固く、握りしめて。
壊れてしまったらauショップに駆け込もう。
そう思った瞬間、言葉はこんなにも軽かった。
靴は意外と地面に近くて、だけど蹴り出してくれる力を与えてくれた。
世界はわりと穏やかだった。
湖になぜ波紋が広がるかわかった気がした。
いや機嫌が良かっただけかもしれない。
ただその波に、好機に、しがみついて、振り回されて、流されて、たくさん苦しみたいと思った。
「うん、一緒にいよう。ずっと。」
固く結んだ糸の結び目が、握り締めた雪の固まりがこんなにも固くなろうとすることを僕はこの日初めて知った。