なかなかエッチな展開にならなくて、すみません。続きです。
「勝ったら何してもらおうかな。ホントに何でも言うこと聞かなきゃダメだからな」
マサキは雨に濡れたズボンの裾を捲り上げながら皮算用をしています。
僕は立ち止まって終るまで待ってやります。
いつそんな約束したのか覚えていないのですが、どうもそういう約束みたいです。
きっと僕も甘く考えていたんだと思います。
こういうことは背の高いほうが成長ホルモン的に有利に決まっていますから。
「今回は勝つよ。これ以上ケイに負けられないからな」
マサキは僕を見上げて笑います。
マサキは僕にどれだけ負けてると思ってるんだろうと思いました。
僕のほうこそマサキにはかなわないことだらけなのに。
僕が自信をもってマサキに勝てると言えるのは、学力と身長とまつ毛の長さだけです。
マサキは勉強不足というかサッカーしか頭にないような奴なので、学力は縮まることはあっても追い越されることはまずないはずでした。
身長も4月の時点で僕が170センチでマサキが自己申告では161センチだけど、身体測定の結果は160•4センチでした。
マサキはこういう小さいところでサバをよみます。
まつ毛はマサキに言われて気がついたのですが、比べてみようと無理矢理抜かれて、僕もお返しに抜いてやり、比べたら僅差で僕のが長かったというわけで、この3つがいまのところ僕が勝てるものなんです。
歩き始めるとマサキがまた変な顔をして僕を見ています。
自転車置き場まではあと数メートルのところまで来ていました。
雨の自転車置き場は誰もいなくて閑散としています。
僕は身構えて「なんだよ?」と訊ねました。
するとマサキは少し困ったような表情で、それから僕の首もとに顔を寄せます。
「ケイ、なんかいい匂いするな」
僕はドキリとして身を引きました。
「え、なんだよ突然」
「なんだろ? 甘酸っぱい、いい匂い。フルーツ系かな」
それで僕は思い出して、シャツの襟元を覗き見ます。
「さっきサクランボ食べたんだよ。それかな? 汁こぼしたかも」
「サクランボか!」
「うん。後輩に貰ったんだ。1パックまるまる夢中で食べたから」
「俺のは?」
「ないよ」
「なんだ」
「食べたかった?」
「ううん、いい。ケイ、サクランボ好きなんだ」
「うん。好きだね」
「ケイはサクランボか」
マサキはにやにや笑います。
「うん。マサキは?」
「俺? そうだよ。早く卒業できるといいよな」
と訳がわかりません。
「何言ってんの?」と僕が言うと、マサキはにたにた笑って僕を見ます。
「ケイからチェリーの匂いがする。チェリーだからか?」
と、そこで僕もようやく言わんとすることが分かりました。
全くのアホですよマサキはホント。
英語力をそんなことにしか活かせないなんて不憫でなりません。
僕はため息を吐いてマサキを睨みます。
マサキはケラケラ笑って、自転車置き場のトタン屋根の下まで走って行きました。