その日の大史との帰り道、隣の大史の顔をまじまじと見ながら歩いていた。
今日聞いた女子の言葉が離れなかったのだ。
『二宮が格好良くて?クールな印象で?冗談だって洒落ていて?……ありえない』
俺があんまり大史を見るもんだから、大史も視線に気づいたのか、こちらを振り向き怪訝そうな顔をした。
「な、なに?」
「おまえ、早速モテてるなあ、クラスの女子に」
「そうなの?」
「おまえとお近づきになりたいようで、わざわざ俺をかいして寄って来るんだけど」
俺が皮肉をこめたように大史を睨むと、その視線に感づいたようで、苦笑してうつむいてしまった。
「ごめん……」
「俺が女だったらゼッテー何があってもおまえなんか好きにならねえし。顔だけで判断するなんてそんな尻軽い女子はいやだね」
大史はしばらくはいたたまれないような笑顔をしてうつむいていたけど、さっきの言葉でなにか引っかかったようで、俺におずおずと聞いてきた。
「あの、それって俺の性格がダメダメみたいな感じじゃん」
「感じじゃなくて実際にダメダメなんだよ。いっつも俺についてきてこっちとしてはいい迷惑だっつーの」
「俺、じゃま?」
「うん、邪魔」
「容赦ない一言だなあ。さっきのは結構きたぞ」
「だって本当のことだし」
「まあまあそう言うなって。ほら、明宏様、カバンお持ちいたしましょう」
(ほら、堪えてない)俺がどんだけ本気で言っても冗談っぽく交わされてしまう。でも本当に心からそう思っているわけでは……ある。ないと言いたいところなのだが、大史に対して言う言葉はすべて本当の気持ちだ。でもそれは、どんなに本当の言葉でも大史の性格が冗談として丸めてしまうから成立するのだ。もし大史が俺の言葉をそのまま受け止めるヤツだったら、こんな会話は絶対成立しないだろう。
大史も俺の言っていることが本当の気持ちだってことも知っていると思う。でもそれでも、俺を嫌いになるどころか、好いてくれているようで、いつでも俺のそばにいる。
「あ、そう?じゃあお願い」
そう俺は言うと、なんの遠慮もなくエナメル製のカバンをわたした。大史はまるでテレビでよく見る執事のように丁寧にカバンを受け取ると、俺の横に並んで歩きだした。
「なんか今日はやけに重いようで……」
「それはあれだよ。今日新しく国語の教材配られたし」
「そうでした」
大史は白い歯を出して困ったように顔をゆがめた。大史は俺の前ではよくこんな顔をする。いわゆる苦笑って顔を。
その後も他愛もない会話をし、駅について電車に乗り、俺たちの地元に帰る。
電車に乗って五駅で地元に着く。夕方の四時ごろで普通電車ともあって、人は少なかった。俺たちは並んで座って地元の駅に着くのを待った。
学校の駅を出発して二駅めくらいで、ふと横の大史が静かになったなと見てみると、大史は俺の隣でコクリ、コクリと居眠りをしていた。太ももに俺のカバンを大事そうに抱えて、頭が規則正しく上下にコクリコクリと揺れていた。
俺は妙に微笑ましくなってつい小さく笑った。
ちょうど日も傾いてきていて、電車の窓から紅くなりつつある日の光が降りそそいでいて、大史を照らしていた。大史は髪はもちろん校則で染めていないが、もともと茶色っぽい髪色をしていて、それが夕陽に照らされて金色に見えた。さらにきれいに褐色に焼けた肌にも光は反射して肌が透き通って見えた。
(たしかにこいつをなにも知らない人から見ると、第一印象は格好いいよなあ)
俺はふと思った。すると、大史と初めて出会ったときのことをまざまざと思い出した。
みんなにもあると思う。たとえば、クラスメイトでクラスのみんなからちやほやされるような人気者というのはクラスでも一人はいると思う。そんな人はまるで芸能人のように思えて、俺には近づきがたいように思えて、いつしか憧れになってしまうような経験はないだろうか?勝手にその人との距離感を作ってしまって俺にはまるで芸能人並に手の届かない存在に思えてしまうのだ。
しかしそれはやはり芸能人とは違うところで、クラスメイトだからなにかをきっかけに話す機会があると思う。すると気が合って、もっと話すようになって、するともっと相手のことがわかって気が合って……とそれを繰り返していくと、やがて自分で作った距離感が見る見るうちに縮まっていく。
すると、最初に感じた憧れの念や近づきたいけど俺には近づくことができないんだという高貴な視線なんかがなくなって、その人がそばにいるのが当たり前になる。
まったく話をする機会がなかったころの特別視がなくなってしまう。
出会う前には、この人と友だちになれたらなあと夢見ていたことが、現実にそうなって、さらに深い仲になっていくと、その人の価値は変わらないはずなのに、低くなったと「感じる」ときがあるのだ。いまの関係は望んでいたこと、だからすごい満足なのに、最初に感じた価値の高さがなくなってしまったと思うと、それはそれで残念な気持ちになる……そんな経験はないだろうか?
俺と大史の関係はまったくそれだった。
大史は幼稚園のときから誰とでもすぐにうちとけるタイプで、その明るさからいつでも大史は人の中心にいた。一方の俺は内気というか、大史みたいにすぐに人に馴染めるタイプではないので、幼いながらも「すごい人だなあ」ときらきらとした目で大史を見ていた時期があったのだ。
ある日、いつものように友だちの中心にいた大史がわざわざ教室の隅で絵を描いていた俺のところによってきて、「一緒に絵を描こうよ」と俺の隣に座って絵を描きだしたのが初めて会話を交わしたときだった。
一度話し出すとみるみるうちに大史との絆は深まっていって今に至る。
(あのころにもし大史が話しかけなかったら、友達じゃなかったのかも知れなかったんだ)
そう思うといきなり恐怖が湧いてきて、今の状況がどれだけ自分にとって幸福なのか改めて実感させられたような気がした。
(さっきはちょっと言い過ぎたかも。もうちょいやさしくしてやらないといけないかな)
そう思って大史を眺めていた。しかし今の立場はやめられない。いつのまにか俺が優位な立場に立っていて、そう考えている今だって「俺が友達でいてやるんだから」という上から目線で見ている自分がいる。大史を邪魔扱いしたり、あのころもし大史が話しかけてくれなかったら、ではなくて、話しかけなかったら、だとか小さいところでちょくちょく「俺が上だ」的なアピールをする……俺ってホントいやなヤツだ。
(むしろ大史が俺の友達になってくれているんだよな。)
そう思うと、大史が得意な苦笑が出てきた。
そのとき、電車が地元の駅に止まった。
俺が立ち上がっても大史は一向に起きる気配を見せなかった。俺は大史の横に置かれている、大使のカバンを肩に担ぐと、大史の肩をとんとんとたたいて起こしてやった。
「大史、着いたぞ」
すると、「へ?」とマヌケな言葉を返すと、ひとつうなずいて、俺のあとに続いて電車を降りた。
降りた瞬間に電車のドアが閉まって、その瞬間、寝ぼけていた大史が大声を出した。
「あっ!俺のカバン!」
そう言うと、さっとうしろを振り返って、ゆっくりと発車していく電車をまさに、「最悪だあ」という表情で眺めていた。
そんなヌけた大史の頬を軽くつついてやって、気づかせてやる。
「おまえのカバンは俺が持ってるよ」
「えっ!?」
本当に驚く大史に、やはりため息が漏れた。
「えっ、なんで持ってんの!?」
「持ってんのじゃなくて持ってくれてるのだろが」
「その通りです。なんで明宏様ともあろうお方が」
俺は冗談を言う大史を放っておいて改札へと向かった。すると、うしろから追いかけてきて、俺の肩に手を回して「ありがとう」と言ってくれた。俺が普段、大史にはあまり使わない言葉だった。
(ああ、こんなところか)
俺は女子たちがさわぐ理由がすこしわかったような気がした。
俺が大史に毒づく言葉も本当だが、大史がみんなに対して言う言葉も率直で本心なのだ。俺とは比べものにならないくらい、周りの空気を読めて、場を盛り上げて、さらにはポジティブで、他人のいいところばかりを見てくれる。そしてそれを素直に口にして人を褒めてくれる。そりゃあ人が集まるわけだよ。
俺が大史の友達でいられるのが、すこしだけ誇らしくなった