結局、夏休みに入るまでの数日間、大史と言葉を交わすことはなかった。そのまま夏休みに突入して、大史と顔を合わせる機会がもっともっとなくなってしまった。なんだか気力が根こそぎ奪われたみたいで、体がダルくてなにもする気が起こらなかった。彼女のメールも返信が面倒に思えるときが合って、たまに返信することを放り出すこともあった。
夏休みに入って一週間くらいが経った。大史のメールや連絡なんかは一向になかった。おれは引きこもりのように家に伏せたまま、一日をごろごろと過ごした。唯一外に出るのは、期末テストが終わって部活が再開されたので、その練習に参加するくらいだった。朝から昼で終わるときや、夕方まで続くときもある。その部活をしているときだけ気がまぎれて、部活に集中することができた。
そして部活が休みの時があった。一日ぽっかりと空いてしまって、何をしようかと自分の部屋をうろうろしていた。でも結局何にもする気が起きなくて、机の椅子に座って、机に両肘を突いて、頬杖をついた。
出てくるのはため息ばかりだった。
(おれはなんでこんなに憂鬱なんだろう。)
そう思うとまたため息がもれた。原因は知っているのだ。それは大史と話せないこと。そんなことはわかっている。今まで大史と話せなくなる――俺からいなくなるなんて考えたことがなかった。というか、大史がそんな機会を与えてくれなかったのだ。いつも俺のそばにいて、ウザいほどひっつきにきて、面倒なほどメールや連絡をよこしてくる。うっとうしいけど、いつもなんだかんだで許している、また楽しんでいる自分がいた。大史とこんなに会わない日が続くのは、初めてだった。大史と会えないのがこんなに憂鬱になるとは、思わなかった。
(まてよ)
おれは考えていてヘンなことに気づいた。こんなに憂鬱でしんどくなるって、もしかして俺は大史のことが好きってことなのか、と思ったのだ。はたしてそれはわからないが、離れてみて、初めて大史の存在が自分の中でこれほどまでに大きいものなのだと気づいた。
で、気づいたはいいが、だからどうするかだ。
まずは大史と仲直りをしたいのだが、第一、喧嘩をしたわけでもない。『いままでのかたちに戻りたいんだ!』……なんて言えるわけがないよなと、自分で思っておいてため息をついてしまった。もう前のように戻るのは無理なのだ。大史はいつからその感情を抱いていたかは知らないが、それを俺に乱暴ながら告白してしまった。俺たちはもう、一段階進んでしまったのだ。いままでのかたちに戻りたいと俺が言ったら、大史は喜んで元のかたちに戻ってくれるだろう。でもそれは大史を苦しませることになる。いままで無垢な笑顔を俺に見せてくれていたのに、それが悲しみを含んだぎこちない笑顔に変わってしまう光景が、まざまざと想像できた。
じゃあどうする?その疑問がうかんだとき、すぐに答えが返ってきた。
大史と付き合う?親友とかではなく――いや、親友も含めてさらに発展して恋人としても。
(だけど付き合うって……)
まったく想像ができなかった。男と付き合う、大史と付き合う、なにをどうすればいいか全然わからない。しばらくその疑問に悩んでいると、あ、そうかと簡単なことに気づいた。
たぶん大史と付き合うことになったとしても、大史と俺の関係は前までとなにも変わらないんじゃないかと。そりゃあ付き合うわけだから、二股はダメだとか普通の恋人としての制約は付きまとうことになるけど、これといって大史との付き合いが変わることはないと思えた。ただ恋人という関係になるわけだから、前よりはすこし深い関係になるのだろう。
と、そのとき、俺はあることを思い出してしまった。そう、大史が俺にキスをしてきたときのことを、映像として思い出してしまったのだ。俺は一番重要なことを忘れていた。付き合うってことはつまり、そういう行為も込みなんだと。大史とのそういう行為――想像できなかった……っというか、女の人ともいままでそういう行為を経験したことがなかったから、それを思えば男も女も一緒かなと思えた。しかも相手は『男』ではなく『大史』だ。ほかの男ならさらさらごめんだけど、大史とならいい感じがした……やっぱりそれは好きってことなのかなと疑問が湧いた。
それに、恥ずかしい話だが、大史とのキスのシーンを思い出すと、下半身がうずいてしまうのだ。そのときは驚きとかで混乱していてそれどころではなかったけど、その後もたびたび思い出して、下半身が反応してしまうことがあった。
意思が決まると今度は行動だ。そう思って俺は、ある人に電話をかけた……。