皆さん応援ありがとうございます。なかなか鋭い方がいらっしゃったようで、「誰に電話をかけたの?」というコメントもいただきました……フフフ、秘密です。もう少しでその真相にもたどり着きます……てか今回にその真相がでてくると思います(どこまで書けるか自分でもわからないので、思いますということにしておきます。)
そして、すこし間違いがありました。大史のおばさんに、大史は8月5日に帰ってくると言われて、まだ2週間近くあると書きましたが、あれは1週間近くの間違いです。でもその1週間が果てしなく長く感じられて、大変でした。それこそ1週間も2週間も過ぎたような感覚がしました。その1週間のことは触れませんが(普通に部活に行って、ダラダラ過ごしていました。気力も起こらず)ですから、今回はその1週間後――つまり8月5日からです。では続きをどうぞ。
じつに長い時間に思えた。この1週間、大史のことが気になって仕方がなかった。大史に嫌われていたらどうしようだとか、冷たくあしらわれたらどうしようだとか、時間を隔てれば隔てるほど、ネガティブな、最悪な状況しか頭を過ぎらなかった。
そんな中で唯一、なにもかも忘れて熱中できたのは部活だった。部活のしんどさはウダウダと考えているいとまを与えてはくれず、それがかえってリフレッシュになっていたのだ。
8月5日、この日も朝から部活があって、部活から解放されたのは夕方4時ごろだった。部員そろって、「ありがとうございました!」と一礼をした後、解散した。俺は猛スピードで部室へ戻ると、制服に着替えて、早々に学校を後にした。学校から駅までの道のりを走って、そのままのスピードで電車に乗り込むと、やっと一息ついて椅子に座った。走ってきた影響か、また別の要因か、鼓動が高鳴って、抑えるのも一苦労だった。
家に着いたのは6時をすこし回ったころだった。自分の部屋に部活カバンを置いて、制服のまま家をとび出した。出て行く途中、母さんがどこに行くのと聞いてきたので、大史のところ!と一言だけ言って家を出た。
走っている以上に心臓が高鳴る。途中、もう走れなくなって、道の中央で膝に手をついて荒い息を整えた。なかなかおさまらず、先行するのは想いだけだった。なんとか息も落ち着くと、そこからは小走りで大史の家に向かった。
7時前、大史の家の前に来ていた。俺はその前で深呼吸を何度もして、とにかく心を落ち着かせた。インターホンに手を伸ばす――が、なにかを恐れてすっと手が下がってしまう。この何週間かでひどく臆病になったなと自分でも思った。そして意を決して、深呼吸の吐く息と同時にインターホンを押した。
ピンポーンという音が家の中から外まで聞こえてくる。反応はなかった。だれもいないのかなと思ったころ、ドアのカギが開けられる音とほぼ同時に玄関のドアが開いた。
何週間ぶりの対面だろう。懐かしいとさえ感じた。こうして互いに目を合わせて向かい合うなんて、本当に久しぶりのことだった。
大史は橙の線の入った、群青色のジャージを着ていた。俺が見上げているせいか(門扉から家に入る玄関までは、五段ほどの階段を上がる)、久しぶりに見る大史の身長が高く見えた。さらに、夕焼けのせいかわからないが、日焼けをしていて、肌が褐色気味だった。俺は声を発することもできず、しばらく家の前の道路でたたずんでいた。最初に出てきた言葉はなんともぎこちないあいさつだった。
「お、おう、久しぶり」
すると、大史も突然の俺の訪問に驚いたのか、ぎこちなく返した。
「あ、うん、久しぶり」
またしばらくの沈黙。その沈黙を破ったのは大史の方だった。
「あ、上がってく?」
「あ、う、うん」
俺は急いで返事した。門扉をくぐって、大史の家にお邪魔した。
家の中は静かだった。
「母さんもひどいよなぁ、5日には帰るって言ってあったのに、今俺が帰ってきて、なんて言ったと思う?今日帰ってくるとは思わなかった。夕飯なにもしていないから、なんか適当なもの買ってくるだって。」
静かな空間に、大史の言葉だけが響いた。その話から大史はつい先ほど帰ってきたらしいことはわかった。
「そっか」
俺はそれだけを返した。
「クラブもクラブだよなー、帰る日くらい練習なくったっていいのにさ、帰る直前までハード練習だもん。おかげでハラぺこぺこなのに……これだもんなー」
大史は大きなため息をついた。俺の口元がゆがんだ。すこしだけ緊張がほぐれた気がした。
「あ、俺の部屋行っててよ。お茶入れてすぐ行くから」
「サンキュ」
俺は大史の部屋に向かった。
しばらく待っていると、大使がグラスを両手に持って部屋に入ってきた。口にはスナック菓子の袋をくわえていた。俺はお茶の入ったグラスを一つ受け取ると、空いた手でスナック菓子を部屋の中央のテーブルにひょいと投げた。
大史はグラスを持ちながら、部屋の奥の壁の窓を開けた。その瞬間、カーテンがたなびいて、涼しい風が入ってきた。俺は意を決して口を開いた。
「あの、俺、彼女と別れたから」
そう俺が言うと、大史は窓の外の風景を眺めるのをやめて、俺の方に向き直った。大史と正面に向かい合うかたちになった。
「電話で、別れよう、って……」
そう、大史と仲直りをしたいと思ったあの時、俺は彼女に別れを告げたのだ。大史と会う前にはしっかりこれだけの清算はつけとかないとと思ったのだ。だから、大史と会う前、彼女に電話をして、別れを告げた。ほかにもっと大事にしたい人がいるんだと言って。彼女は聞き分けのいい子だったから、仕方ないねと言ってくれた。短いあいだだったけど楽しかった。また一緒に遊ぼうねと最後に付け加えてくれた。彼女は本当にできた女の子――人間だった。顔もかわいいし、性格も絵に描いたように率直でまっすぐな子だった。俺にはもったいない、彼女にはすぐに別の、もっといい彼氏ができるだろうと思った。彼女には非常に申し訳なかったけど、別れを告げた……
大史は言った。
「どうして!?」
俺はその言葉に思わず驚いた。
「どうしてって……」
すべておまえがいけないんだろ!って言いたかったけど、そんな雰囲気にはしたくなかったので、押し留めた。俺はしばらく考えた。そして言った。
「どうしてって、彼女はとてもいい子だったけど……おまえと話せなくなるのとどっちがいい、って言われたら…………おまえと話せなくなるほうが辛いと思ったから」
「俺はただ、俺があまりにもアキに引っ付いてたら、彼女がかわいそうだな、って思って、それで……それに、どうやってアキと話せばいいのかわからなくて……二人のあいだに俺がいたら邪魔かなとかいろいろ考えてさ、それでさ――」
俺は大史の言葉をさえぎって言った。
「辛いと思ったからじゃない、辛いと実感したんだよ。おまえがメールや連絡もしてくれなくなって、学校でも全然俺のところに来てくれなくてさ、挙句の果てには大史は今夏合宿に行っていないだもんな。俺、ほんと後悔した」
「……っていうか、俺がいないあいだ、一度来てくれたの?」
俺はうなずいた。
「いつ?なんでメールとかくれなかったのさ」
「いや、おまえに変な気を持たせて練習に集中できなくなったらだめだと思ってさ。それに……直接会いたかったし」
なんで俺はこんなに心の底からの言葉をすらすら言えるのだろうと思った。普段では絶対にありえないことだった。いまのこの雰囲気と、いままで大史に会いたくて辛かったおもいが、素直な言葉を出してくれるんだと思った。それに、今ここで、俺の思っていることを正確に伝えたかった。こんなに素直になれるのはもうこれっきりかもしれないと思えるほどめずらしいことだったから。
「だから……前のように普通に話したり、普通に遊んだりできる関係に戻りたいんだけど……もちろん大史がよかったらだけど……」
しばらくの間を隔てた後、
「前のようには、戻れない、かな……」
すると、大史は突然笑顔になって、
「だって俺、明宏が好きだって言ってしまったし」
その笑顔が本心から出ているものではないことはすぐにわかる。懸命につくった笑顔だ。
俺はすこしの間を置いた後、大史のいない期間に考えていたことをそのまま伝えた。
「俺、おまえと――大史と幼稚園から一緒にいたから、大史が俺のそばからいなくなるなんて思わなかった――っていうか、大史がそばにいることが当たり前だと思ってたんだよな。ほら、よく言うじゃん。大切なものって、失くしたときに初めて気づくって……この何週間、ほんと、それだった。こんなに大史が俺の中で大切な存在だったなんて、こんなことになって初めて気がついた。それが好きかどうかにつながるかはよくわからないけど、大事な存在なんだって気づいた瞬間から、すっごい不安になったんだ。もう大史が俺のことなんてどうでもよくなってたらどうしよう、嫌いになってたらどうしよう……好きじゃなくなってたらどうしようって。だから、一刻も早く会いたくて……会わなきゃいけないと思って……」
俺の目からひとすじの涙がすっと流れた。声も震えてない、平静な心なのに、こんな自然に涙が出るなんて、正直驚いた。どうやら俺は相当心が病んでしまっていたようだった。
俺は突然出てきたひとすじだけの涙を拭うため下を向いて、手で涙を拭った。
そのときだった。突然身体に突撃されたかのような衝撃が伝わると、次の瞬間には大史の腕の中におさまっていた。
大史は俺を痛いほど抱きしめた。すこし痛かったけど(だいぶ)、大史がまだ俺のことを想っていてくれたんだと安心して、一気に心が軽くなったような気がした。大史は俺の耳元でささやいた。
「ずっと、ずっと会いたかったんだよ。メールも電話もしたかったんだよ。でも二人の邪魔をしちゃいけないと思って、必死にガマンしてたんだ」
「ごめん」
「そんなに俺のことを想っててくれたなら連絡してくれればよかったのに。そっちのほうがずっと練習に気を配れたのに」
「ごめん」
「ずっと……好きだったんだ。アキが。でもそんなのおかしいし、アキとの今までの関係が終わってしまうくらいなら、その気持ちを押し殺すほうが全然いいと思ったから、だから、ずっと……」
「もうわかったから……………………俺も大史が好きだ」
それ以上、なにも言わなかった。ただ、ずっと抱き合っていた。
そろそろ限界に近づいたとき、俺は言った。
「あの、グラスが胸に押し付けられて痛いんですが……」
すると大史はようやく解放してくれた。そして自分の胸の辺りを見ると、大史が突っ込んできた衝撃で、飲み残したお茶が、白いカッターシャツに、見事にしみとなって付着していた。もちろん大史のジャージの胸の辺りにも濡れたしみがついている。俺は自分の服のしみを見た後、大史の顔を見た。
すると大史は慌てて、
「あちゃ、ごめんなさい、すぐ拭きますから。」
と自分の首に捲いていたタオルで服を拭き始めた。
俺はその光景を見て、短くため息をついた。
「後先かんがえないから」
「ごめんなさい」
相変わらず大史は慌てふためいた様子で、ごしごしと俺の服を拭いていた。独り言で、これは取れないかも、やっべ、とか言って、たまに、上目遣いで俺の顔色を伺ってくる。俺が怖い顔をして睨むと、すぐに目を逸らして拭くのに集中した。
その光景が面白くて、つい笑いそうになった。
いつのまにか、二人の関係は前のように戻っていた。一段階進んだかたちで。