いつの間にか寝てしまった僕が目を覚ますと、ハヤトが僕を覗き込んでいた。ハヤトに起こされたらしい。
ウチにハヤトが来たときにはたいてい「いらっしゃーい、シンジは部屋に居るからね」なのだ。
ハヤト「よぉ、元気か?」
泣きそう…どうして急にそう思ったのか、咄嗟にまた布団を頭まで被った。
そしたらやっぱり涙が出た。具体的に何が嫌だったのかというよりは、どこか反射的な涙。
もう僕の中でかずみは痛い思い出になりつつあって、そんなことはないのだろうけれど。もやもやが考えることを邪魔していて、幼稚な想いと考えで簡単に僕を満たす。
ついさっきまで独りの世界だったのに。何事もなかったみたいに帰ってきて、閉じこもってリセット出来るわけじゃない。…けどそんな気になって。そしたらいきなりハヤトが割り込んで、かずみも頭ん中でいっぱいになって。
…嫌だ
目をつぶると余計にかずみが鮮明で、惨めな気持ちが思い出されて。
ハヤト「ごめんな。今日のはちょーっと言い過ぎたかな…はは」
ハヤトは泣く僕を知ってか知らずか横で座って喋りだした。
ハヤト「…いいじゃんなんだったらさ、この勢いで告っちゃえば。。ってのは無いわな」
早口はのな緊張しているとき。
ハヤト「お前寝てたから知らねえかもしんないけど、あの後ケーイチがまたいろいろ言ってさ。一応止めといたから」
けど加えてよく喋るのは困っているとき。
ハヤト「なあ起きろよ」
トントンと僕の肩辺りに呼びかける。
しばしの沈黙の後、僕の無反応さに痺れを切らしたハヤトが布団を下げた。
ハヤト「ごめんってば。起きろよ」
自分でも冷静だと思える程スムーズに布団を奪い返してまた潜り込む。
ちらっと見えたハヤトの顔は意外そうだった。拗ねているだけで泣いているとまでは思ってなかったみたい。
ハヤト「…あの、ごめん。その、、」
言葉に詰まるハヤトは初めて。また沈黙。
ハヤト「………」
僕「ケーイチと一緒んなって僕のこと笑って楽しかった?」
布団から顔だけを覗かせて意地悪く言った。ハヤトが居るのとは反対を向いて。
ハヤト「そんなことねーよ!」
僕「じゃあどうしてあんなこと言ったの?」
やばい…泣きそうだ。
ハヤト「それは…ほら、あの」
僕「どうせまた『忘れた』なんでしょ。ぐすん…、僕はかずみのこと忘れらんないんだよっ!」
目に浮かんだ涙はとどまることなく簡単に溢れた。
ハヤト「ふんっ……なんだよ、かずみかずみって。なんなんだよ」
僕「なんなんだはこっちだよ!」
思わず布団からがばっと勢いよく上半身を起こし、ハヤトに向きあった。目を細め、むすっとしたハヤトを真っ直ぐに睨んだ。。
ハヤト「……そんな奴忘れさせてやんよ」
目を逸らして小さく、ハヤトが言った。
僕「何がだよ。ムリだよそんなの。」
また涙。何度も頬を伝うその度に、自分が弱くなっていく気がして情けなくて。
ハヤト「ムリなんかじゃねー、忘れさせてやる!」
徐々に声が大きくなる。
僕「もうヤだよ…」
今はハヤトに何言われたって、耳に入ってこない。そっとしといて欲しいのに。もう帰ってくれよ…。
なのに僕の腕を掴んで自分に向き合わせる。
僕「何すんだよ。はなせよ。はなせって。」
ハヤトにこんな口をきいたのはきっと初めてだった。
どうしようもなく気持ちがパニくってて、もうきっとぐしゃぐしゃな顔で泣いている。
「黙れよ」ハヤトが腕を掴んだまま、また低い声で言い聞かせる様に呟いた。
僕「あ?どっちが…っ!!?」
「………」
「………」
キスされた。
首筋に流れた汗もひんやりと、蝉鳴き静まる午後の頃。ヤハトがこの唇にキスをしたんだ。