お互いの気持ちを伝え合い、改めてつながりを深くした僕らは、よく喧嘩をするようになった。
Eはよく、ほんの些細なことで僕に突っかかってきた。
僕も言われたら言い返してしまう方なので、よく口論になり、散々に言い合った後、お互いに黙りこんで気まずい時間が流れた。
些細なことで突っかかってくるEは、まるで僕と喧嘩したがっているようだった。
今思うと、あの頃のEは僕を試していたのかもしれない。
自分のことを本当に愛しているのか、自分をぶつけてもこの人は自分のことを嫌いにならないだろうか…。
子供っぽいEは、喧嘩をふっかけることで僕のことを試していたのかもしれない。
ある時、Eはふとこんなことを言った。
「オレたちさ… このままでいいのかな?」
体を深くえぐるような突然の鋭い質問に、僕は言葉をつまらせた。
「Mくんのことはすごい好きだよ。一緒にいてすごく楽しいし、ずっと一緒にいたい。
でもさ、今はそう思っていても、これってずっと続くものなのかな?
40すぎて、おじさんになってもお互いのこと好きでいられるのかな?
そんな関係、これからも続けていけるのかな?」
僕は返す言葉を持ち合わせていなかった。
僕にはEの気持ちが痛いほどわかった。
わかったからこそ、なにも言葉をかけることができなかった。
同性愛者の恋人同士ならば誰でもこんな不安を抱くのだろう。
世の中には困難を乗り越えながらも力を合わせて幸せに暮らしている同性愛カップルもいる。
でも、当時の僕たちにはそんな知識はまるでなかった。
僕らはたった二人の小さな世界で暮らしていた。
相談できる相手なんていなかった。
二人の秘密を知っているのは僕らだけだったし、僕らの不安を理解できるのも僕らだけだった。
そんな二人だけの世界で、僕らは答えのわからない大きな不安に押しつぶされそうになりながら生活していたのだ。
「オレ、ホントはさ、普通の恋人同士みたいに、Mくんと手つないで街を歩きたいよ。
Mくんのこと友達に自慢したり、愚痴ったりもしたいよ。
結婚して、二人の子供を育てて、年取ったら二人で日向ぼっこする、みたいな幸せな家庭を築きたい。
でも…できない。
オレたち、こんなに愛し合ってるのに、なにもできないじゃん」
Eは一息にまくしたてるように言葉を続けた。
Eの一言一言は僕の心を深くえぐった。
僕らはこのままじゃ何もできない。
堂々と手をつないで歩くことすらできない。
こんな関係になっていなければ、僕たちはそれぞれ、Eの言うような幸せな家庭を築けたかもしれない。
いや、これ以上、深入りしなければ、これから築いていくことができるかもしれない。
それぞれ別々の幸せな家庭を。
僕も同じだよ。同じ思いだよ…。
でも全部どうでもいい… ずっと一緒にいようよ!!
大声でそう言って、Eを抱きしめてやりたかった。
でも、そう言ってEを抱きしめる自信は僕にはなかった。
僕にはEを幸せにする自信がなかった。
「オレたち、幸せになれないよね」
そうつぶやいたEの顔を僕は見ることができなかった。
僕らは長い間、黙ってうつむいていた。