俺がそいつと出会ったのは学校が初めてじゃなかった。
俺は今高1で、高校までは電車を使って通学している。それも40分くらいかかるかなり遠い高校だった。それでも俺の望んでいた高校だったので苦だとは感じなかった。
入学式が済んで四月も迎えて通常授業が始まり、それなりにクラスメイトともうちとけてきた五月ごろ。高校生活始まってまだ一ヶ月しか経っていないのに早くも寝坊をしてしまった。いつもは30分をかけて支度をするところを10分まで短縮させて、駅まで自転車で猛ダッシュ。駅の階段を駆け上がり急いで改札を抜けたおかげでなんとかいつもと同じ電車に間に合うことができた。でも着いた時にはすでに電車が到着していて、俺はとにかくその電車に飛び乗った。余裕があるいつもなら電車の真ん中の車両に乗っていたけど、今日は最後尾の車両だった。飛び乗ったと同時にドアが閉まって、ホントにぎりぎりセーフだった。
電車の中は春の陽気が充満していて、すこしひんやりした空気が心地よかったが、それ以上に朝から運動したことで体が火照って暑かった。額や背中にも汗がびっしょりかいているのがわかって気持ち悪かった。最後尾の車両は案外空いていて通勤のサラリーマンも少なかった(席は空いていないが)。俺は一番空いている車両の中でも真ん中の扉まで移動してそこを陣取ることにした。反対側の窓からは朝日が差し込んでいた。持ってきたタオルで汗を拭きながら、窓の外の風景を眺めることにした。
5駅くらい通り過ぎた頃、俺はふと視線を車内に戻すと、ある一人の人物に目がとまった。車両の前の方の席で、向かい合って四人が座るようになっている席の窓側、ちょうど俺と向かい合うかたちで座っている人物だった。緑のイヤホンをして、窓に寄りかかるかたちで眠っていた。窓からの朝日を受けて色褪せて見えた。なんともおだやかに眠っていて気持ちよさそうだった。俺が注目したのは、その人が俺と同じ学校のものを着ていたからだ。俺はカッターシャツの上から紺のブレザーを着ていたけど、彼はカッターシャツの上から学校指定の白いベストを着ていて、ブレザーは見当たらなかった。
それにしてもきれいな寝顔だった。目鼻立ちが整っていて格好いい顔立ちであることはすぐにわかった。運動部なのか程よく日焼けしていて、今風の黒髪もよく似合っていた。自分のいつも乗っている電車に、自分と同じ学校の人がいることさえ知らなかった。それだけ見てもはたして1年生なのか、それとも先輩なのかわからなかった。それ以来妙に気になって、外の風景を眺めては時々その人を見て、という動作をくり返しているうちに目的の駅に着いた。
扉が開いて乗客が次々と降りていく中、なかなかその人は起きずにそのままの状態で眠り続けていた。このままじゃあ扉が閉まってしまうと思った俺は、意を決してその人に近づき、肩をたたいた。すると目を瞬かせて起きた。奥二重のきれいな目と目線が合った。急に俺はどぎまぎしてしまって言葉をなくした。
「あ、あのう、ここで降りなくて大丈夫ですか?」
一応先輩かもしれないので敬語で話しかけた。するとその人はびっくりした表情を見せて左右を見わたすと駅名を確認し飛び起きた。
「やべっ!」
その一言だけを言うとカバンを担いで俺よりも先にホームに出て行った。俺も続いて電車を降りた。するとそれを見計らったように扉が閉まって電車は行ってしまった。
その人は振り返って俺を見てきた。そして笑顔で言った。
「いやあ、ありがとう。また寝過ごすとこだったよ」
俺はそれを聞くと思わず吹いてしまった。眠っているところを見たときは、物静かなクールな人なのかなと印象を受けたけど、口を開いてみると楽しそうな人だった。
「また、ですか?」
俺はひっかかっていた問いをぶつけた。するとその人は寝起きとは思えないほどの高いテンションで話してくれた。俺たちは学校に向けて歩きだした。
「俺よく寝過ごすんだよなあ。それで一駅二駅先まで行ってしまうんだ」
俺は思わず笑った。
「笑うなよ。でもこれでもまだ遅刻はしてないんだぜ?高校生活始まって一ヶ月足らずで遅刻できるかってーの」
「え、じゃあ君も1年生?」
「そうだよ。君は1年生だよな?学校で何回か見かけた」
俺はそれを聞いて驚いた。
「えっ!俺を知ってたの?・・・ごめん、俺は今日知った」
「まあいいよ。俺、人の顔を覚えるのだけは得意だから」
俺たちは駅を出て学校へ向かう道を進んだ。駅からはそう遠くなくて、10分くらいで着く距離だった。道を歩いていると他に学校へ向かう生徒もちらほら確認できた。
「それにしても、まさか同じ方面だったとはね。俺たちの方面ってかなり少なくねえか?」
「うん、俺もそう思ってた。事実、同じ方面から通う人で会ったのは君だけだからね」
「いつもあの電車に乗ってんの?」
「そうだよ。いつもは中央あたりの車両に乗ってたんだけど・・・その、今日は寝坊してしまって」
俺は思わず頭をかいた。
「なんだよそれ!さっき俺が寝過ごすって言ったとき笑ったろ!おまえも同じことしてんじゃんよ」
「そうだね」
俺は苦笑するしかなかった。
「まあいいや。これで俺は寝過ごすことがなくなったわけだ」
彼はにやにやした笑みをうかべて言った。俺はまさかと思って「それは・・・」と言葉を濁すと、彼は何のためらいもなく言ってのけた。
「えっ?これからはいつも最後尾に乗って駅に着いたら起こしてくれるんでしょ?」
と、なんとも白々しく言ってのけた。
その時、横の彼がいきなり前に吹っ飛んだ。彼の背中に体当たりをした人物がいたのだ。それも二人。
「よお、隼人!おはよう」
その時俺は初めて、その人が『隼人(ハヤト)』って名前だったことを知った。隼人と呼ばれたその人は飛び乗ってきた人物を見ると怒って言った。
「いきなり飛び乗ってくるヤツがあるか!おまえ暑苦しいんだよ。ひっつくな!」
そう怒鳴ってはいるものの、隼人の表情は笑っていた。隼人の友人の一人が言った。
「それより早く行くぞ。今日はな・・・・・・」
「わかった、わかったから俺の首だけを持っていくな!」
隼人は俺に振り返って早口で言った。
「ごめん。また明日な!いや、もしかしたら学校で!じゃ」
そういい残してほぼ連行状態で隼人は連れて行かれた。
俺はその状態を眺めながら、思わず笑ってしまった。隼人には友達がたくさんいるようだった。
長文ですみません。
かなりの長文になると思いますのでご了承ください。
たくさんの人に読んでいただければ嬉しい限りです。