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その一件があった翌日、今日は寝坊することなく通常通りに起きて支度をし駅へ向かった。改札を通ってホームに出ると、昨日の隼人のことを思い出した。昨日の昼休みのわかれぎわに見せた爽やかではつらつとした笑顔が忘れられなかった。俺は電車の最後尾が着く場所で待った。
まもなく電車が来て俺は最後尾車両の一番後ろのドアから乗車した。扉が閉まって動き出してから、車両の前の方を見ると、昨日と同じ席に昨日と同じ格好をして隼人が眠っていた。今日も朝から春の陽気で朝日が窓からまぶしく差し、それに照らされた隼人は本当に格好よかった。俺が意識し過ぎなのか、回りの人も隼人を見ているような気がした。
俺は前の方まで進んで、ぐっすり眠っている隼人を起こすのも悪いので、後ろ側に回り込み、隼人の座っている背凭れを背にして立った。右側には扉があって、窓から陽が差してくる。そんな中の風景をしばらく眺めていた。それもちょっとすると見慣れてきたので、俺はカバンの中から小説を取り出すと読み始めた。
なにかに熱中していると時間を過ぎるのも早いもので、まもなく学校の最寄り駅に着こうとしていた。その時、俺のすぐ横で声が聞こえた。
「へぇー、そんな本を読むんだ」
俺が驚いて横を振り向くと、凄く近い距離に隼人の顔があった。隼人は椅子の上に膝立ちして俺の本を眺めていた。
「おどかすなよ・・・ってかマナーがなってないぞ」
「悪い」
自分が悪いと思ったことはすぐに謝る。一見お調子者のようだけど根はしっかりしているいい奴だった。隼人はそう言うと、自分のカバンを持って、横の席に座っているお客さんに「すみません」といいながら出てきた。
「てか乗ってきたなら起こせよなあ」
「え、でもまだ駅についてないし・・・」
すると隼人は大きくため息をついた。
「きみは俺と会話をしたくないわけ?せっかく同じ方面から通っている者同士だというのに」
「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・やっぱり寝てる人を起こすのは気が引けるでしょ」
「まあ翼君の言う通りだね。俺こそごめん。あと一駅ってとこで急に睡魔に襲われてさ」
「またまた調子いいこと言っちゃってさ。俺がどこの駅から乗っているのか知らないくせに」
「・・・ばれた?」
「ばればれだよ」
俺はあまりのお調子っぷりについ吹きだしてしまった。
ちょうどその時、目的地に到着して、俺たちは乗客にまぎれながら電車を降りた。駅の中を歩きながら会話する。
「で、どこの駅から乗ってるの?」
「○○駅」
「○○駅なんだ。じゃあ俺はまだ先だな。俺は△△駅からいつも乗ってるんだ」
「どうりで座れるわけだ。△△駅なんかほとんど出発駅に近いじゃん」
隼人はうなずいた。俺の駅から隼人の駅まで結構な距離があって、時間で計算したらさらに30分はかかるんじゃないかという距離だった。電車の出発駅はその駅から2、3駅前なのだ。
駅から出て学校へ続く道を歩いた。
「そう言えば翼はもう部活決まったのか?5月中に入部だぞ」
「うん。俺、中学の時からバスケやってたから高校でもそのまま続けようかなって思ってる。宮崎くんは?」
「『くん』なんて付けなくていいよ。それに隼人でいいぜ。俺も小さい頃からずっと野球してたから、高校でもそのまま続けるつもり」
「そっか。高校球児だね」
「そうだな」
会話がひと段落着いたとき、まるでそこを狙ったかのように、隼人が前に吹っ飛んだ。隼人は背中に飛び乗ってきた人物を見るや否や呆れて天を仰いでいた。まるでデジャブだった。
「――だーかーらー、いきなり後ろから飛び乗ってくる奴がどこにいんだよ!」
「ここに居まーす」隼人の友人が答えた。
「ったくめんどくせぇ奴らだなあおい、首をしめるな暑苦しいだろ!」
「んなことより早く学校行こうぜ!」
「行かねえよ!俺はこの子と静かな朝から一日を迎えようとしてんだ。邪魔するな」
隼人がそういうと、友人の二人は同時に俺の方を向いた。若干睨んでいるようにも見え、俺は小さくなって「どうも」とあいさつをした。すると、向こうも、一人は「どうも」と、もう一人は「おはようっす!」と、あいさつをしてくれた。そして隼人に回していた腕を解くと、「わかったよ。先に行ってるからすぐ来いよ」と二人で先に行ってしまった。
とり残された俺たちの空間には異様に静けさがただよった。
「ったく落ち着きのない奴らだな、翼もそう思うだろ」
「・・・まあね。隼人も含めて」
そう言うと俺は隼人を通り過ぎて歩きだした。
「おいおいそれは酷いんじゃあないかい、翼君。俺のようにゆったりとした心の広ーい人間はそうそう居るもんじゃないよ?」
やはりお調子者に変わりはなかった。すぐに演技っぽく大きなことを言う。でもそれが彼の魅力でもあるらしく、それに飲み込まれた俺は、つい笑ってしまう。
「それよりいいの?先に行かしてしまって」
「ああ、あいつらはいいんだよ。それに朝は静かに過ごしたいってのもまんざら嘘ではないし」
「俺といたら静かなの?」
「あの連中と比べたらね。翼の周りにはゆったりした時間が流れてる感じがするから」
そういわれて、それはそっちの方じゃないか、とふと思った。電車で眠っているときの隼人は時間が止まっているように安らかな寝顔だった。
その後も真面目な話と冗談を織り交ぜた話をしながら学校に向かった。
こうしたことがきっかけで、俺は隼人との仲を深めていった。その次の日からは寝ているときもあったけど、起きているときもあって、そんな時は終始会話をしていた。隼人は俺の駅に着くといつも席から立って、他のお客さんに譲っていた。俺が何度もいいよと言っているのに、「翼一人を立たせておくのは俺の気が退けるから」といつも立ってくれるのだ。
話題の豊富な隼人はいつも話をふってくれて、会話が途切れることはなかった。そんなことをしているうちに俺たちは二人とも部活に入り、さらに話題の幅は広がった。いつしか俺の隼人に対する遠慮なんかもなくなって好きに話せるようになっていたのだ。
そんな、朝いつも隼人と登校する習慣ができて一ヶ月が過ぎたころだった。俺は隼人が実はすごい人物だったことを、本人ではない、別の人から聞いたのだ。