愛斗「今日の演奏どうだった?」
不意に愛斗の表情が真剣になる。
俺「良かったよ。セルゲイの第二が特に」
愛斗の表情が一気に明るくなった。
愛斗「だろう?マルケのピアノが、めちゃくちゃカッコ良くてさ。
フランクフルトで共演した時に拝み頼みこんだ、イッヒ、リーベディッヒって」俺「マルケって呼ぶんだ。てかアイラブユーって事でしょ?それヤバくない?」愛斗「ポカーンとしてた。てか、自分ロシア人だからって笑そこかよって笑」
俺「バカじゃん笑
んで、どうなったの?」
愛斗「失笑されたけど、一生懸命話したら、今度来てくれるって。しかもノーギャラだぜ。儲けたわ」
俺「んーーなんだよそれ笑だけど良かったね」
愛斗「あぁ。マジ指揮棒振ってて、幸せで泣きそうになった」
俺「俺も感動したよ」
愛斗「ラフマニノフは、」
俺「?ん」
愛斗「協奏曲第一で華々しくデビューして、世界屈指の作曲家と称された」
俺「うん」
愛斗「そして、交響曲を書き、満を持して指揮者にその演奏させた。
だけど、その指揮者が下手な演奏してマスコミに最低な曲だと、こき下ろされ、世間からも、ダメ作曲家としてレッテルを貼られた」俺「セルゲイ悪くないんでしょ」
愛斗「ああ。しかも指揮者酒飲んで、演奏してたらしい。
そして、ラフマニノフは、ショックで精神的うつにさしかかって、曲が書けなくなった」
俺「マジで?ひどいね」
愛斗「そんな中、そのうつ病を診ていた先生が『大丈夫あなたは素晴らしいピアノ協奏曲が書けますから』と暗示をかけた。
そして、その暗示のおかげで、第二が生まれる事になった訳だ」
俺「そうなんだ」
愛斗「俺がすごいと思うのは、もしラフマニノフが挫折してなかったら、こんな素晴らしい曲は世に生まれてこなかったって事。
ラフマニノフの苦悩から救われるまでが、惜しげもなく詰められていて。
あんなズンズン堅い低音から、ジャンジャンする柔らかい高音に繋がっていく。心が揺さぶられる。
とにかく、すごい奇跡的な巡りあわせなんだよ」
さっきまでの興奮が続いてるのか、そう言って生き生きする愛斗を見て、この人は本当に音楽が好きなんだとつくづく感じた。
愛斗「伸之さぁ、ピアノ弾いてくれない」
俺「えっ??」
愛斗「弾けるんしょ?五郎さん言ってたぞ」
俺「ちょ、弾かなくなって何年経ってると思ってんのさ?てか、ピアノなんてどこにあんのさ」
愛斗「こっち」
と、案内されたのは八畳くらいの部屋。
ピアノの他バイオリンなどが保管されている。
俺「マジで言ってんの?汗てかもう夜中だよ」
愛斗「サイレンサー。というより完全防音だから」
俺は防音になってるのは知っていた。
だけど、愛斗の前で弾くなんてハズくて。
俺「何弾くのさ?ってか指動かないからね」
ピアノの前に立つ。
アップライトだ。
愛斗だから、スタインウェイだと思った。
ヤマハだ。
愛斗「ラフマニノフ」
ぐっ、言うと思った。
俺「譜面頂戴。
9からでいいしょ?14以降なんて無理だからね」
愛斗「ああ」
9なら自信ある。
そりゃ何十回も弾いてるからね。てか9やっぱ弾いてて気持ちいいね。
盛り上がっちゃうよ。
愛斗「、、ツェが良くない」俺「ん?ちゃんと調律してないんじゃない?五郎さんに見てもらいなよ」
愛斗「じゃなくて、お前の弾き方。薬指の時に踏み込めてないから、半々音下がってる」
俺「愛斗くん?あのー」
愛斗「意識して弾いてみて」俺「、、えっああ」
、、
愛斗「リズム悪い。そこタタッタタッ、じゃなくてタタッ、ウン、タタッ。
ここからグリッサンドで」俺「あぁ、あっー。はい、もうやめやめ」
愛斗「まだいいじゃんか」
俺「おしまいったら、おしまい。音楽教室に来てるんじゃないんだよ」
ちょっと苦笑いした。
愛斗「お前センスあるよ。ピアノ続けろよ」
俺「考えておく。てか、
結局何しに来たんだっけ」愛斗「遊びに(笑)」
俺「違うから。んじゃそろそろ帰るね」
愛斗「泊まっていけよ」
、、、ドクン。
愛斗と一緒に、、
俺は一瞬考えてしまった。俺「それはダメ」
愛斗「なんで?」
俺「なんでって。なんか愛斗変だよ?」
俺はやっと愛斗の異変に気付いた。
愛斗「変じゃないし」
俺「とにかく俺、帰るから」愛斗「、、」
俺は荷物をまとめ立ち上がった。
俺「んじゃあまたね。お邪魔しました」
すると、愛斗が後ろから抱き着いてきて。
「行くなよ」と囁いた。
俺は本当にどうしたのだろうと、半分後ろを振り返った瞬間、愛斗にキスをされた。
俺「ちょ、な、何?」
愛斗「伸之。俺、伸之が好きなんだ。だから准に告るとか耐えられない」
そういってもう一度キスをしてきた。
俺「最悪。何してんの?」
俺はキスされた事は別にどうでも良かった。
ただビックリしただけなんだけど。
俺「愛斗、最低。いきなりキスするとかありえないし俺、愛斗がこんな事する人とは思わなかった。
いつも優しくて、大人で。ちゃんと物事考えてくれるのに」
愛斗「俺だって人間だよ?人を好きになって胸が痛くなる。
でも、いつもいつも大事な時に引いてたら、失っちゃうんだって。
好きな人に好きって言わないのが、大人なら、俺子供でいい」
俺「だからっていきなりキスするか?話しにならないね。愛斗は子供なんだ。
俺、ガキ嫌いだから」
愛斗「、、」
俺「今日の愛斗変だよ。
お酒飲んで浮かれてるのか知んないけど。
自分で、何したか考えてみて。
じゃあ俺帰るから。
じゃあね」
俺はなんで、あの時あんなに怒ってたんだろう。
多分、好きな人との初めてキスがあんな突然、全くロマンチックなかけらもないされ方だったからなのか。 それとも、准と愛斗でまだ揺れていた自分の腹立たしさだったのか。
本当は愛斗にきちんと告白して欲しかったからなのか、今では思い出す事ができない。
俺はこの日を堺に愛斗と連絡が取れなくなった。
後悔するのは、ずっと後の事だ。
そして、准紀とのクリスマスがやってくる。