アキラはスーツケースを開けて、厳重に布にくるまれた包みを取り出した。
その包みを開きながらアキラは今日のステージを思い出していた。
アキラのステージマジックはべつに大規模なものではない。
コインや花を空中から取り出したり、宙に浮かべたり、ある場所から別の場所へ
瞬間的に移動させたり…内容自体はよくあるものだ。
しかし、その手際は驚くほど鮮やかなことで有名だった。
「客は俺のマジックにどんなネタがあると思っただろうな」
実際にはネタなどなかった。
アキラは本当の『マジシャン』なのだ。
開いた包みからは、20cmほどの杖と細くて深いコップが出てきた。
アキラはコップをテーブルに置いて、椅子に座った。
杖に髪の毛を巻きつける。慎重に。慎重に。
「あいつがあまり遠くに行っていなければいいけど」
コップの上に一直線になるように髪を巻きつけた杖を下向きに立て、両手で支える。
そのままアキラは眼を閉じた。
小さな声で呪文を唱える。
そして杖を1cmだけコップの中に差し込んだ。
杖から伝わってくる波動を感じながら、アキラは心のなかの映像に集中した。
あいつ…タクヤは俺のこと覚えてるかな。
まぁ、もし覚えてなかったとしても、すぐに忘れられなくしてやる。