俺が周治を避けるようになってから数週間後、それは起こった。
部活で個人練の日、俺はグランドの見えるベンチがお気に入りでいつもそこで練習していた。
練習に集中してるから「見晴らし」として以外は周囲は全く気にならない。
キーンという爽快な音と共にボールが一球俺の足元に転がってきた。
俺「ホームランか……」
普段ならまず飛んでこない距離だ。
その後も何球か俺の近くに飛んできた。
俺「今日は気合いはいってんな〜。つか、楽器に当たったらどうしてくれんだよww」
その時は学校の安全設備の悪さに疑問を感じただけだった(笑)
しばらくして一年坊主が球拾いにやってくる。
すると一球だけ拾い忘れていった。
俺のすぐ足元に転がってきたボールだ。
一年坊主は大急ぎで走って帰って行ったので、声をかけようにもまにあわなかった。
俺「遅かったら先輩達に怒られるんだろうな〜(笑)明日持ってってやるか。」
俺はそのボールを楽器と同じくらい丁寧に持ちその場を後にした。
明日は土曜日。野球部は朝早くから練習が始まっている(まぁ吹部もだが)
普通に持っていけば、あの一年坊主が忘れていったのがバレて余計に怒られるだろうから、練習が始まるよりももっと早くに部室に行くことにした。
翌朝、練習の始まる2時間前に俺は野球部の部室前にやって来た。
鍵は開いてないだろうから扉の前にボールを置いて立ち去ろうとしたら、キィ、と鉄の扉がゆっくりと開いた。
「あれ?悟じゃん、なにしてんの?」
同じクラスの野球部の武田だった。
俺「ビビった〜。武田かよww、来るの早くね?」
武田「秘密の特訓ってやつ〜(笑)?つかお前こそなんでこんな時間にこんなとこいんだよ?」
俺は事情を説明して、何とか一年坊主を叱らないでやってくれないかと武部に頼んだ。
武部「ハハハハハ!!悟らしいなぁww 何だかんだ言って最後は優男だもんなお前(笑)わかったよ、今回はお前に免じてチビは悪いようにはしねぇよww」
俺は武部の豪快な笑顔に安堵した。
俺「良かった〜。何か悪ぃなww」
武部「気にすんな(^-^)、……それよりさ、」
武部の声が少し低くなった。何か真剣な話なのだろうか。
武部「お前、…周治のこと好きだろ。『そういう』意味で。」
俺は驚きを隠せなかった。
俺のそんな表情を見て武部はニヤリと笑い話を続けた。
武部「俺らと話してるときでも、周治にだけは自分から話しかけにはいかねぇよな。なのにチロチロあいつのこと意識して見てるし。あいつだけ『蒼野君』なんて特別な感じで呼んでるしさ〜。」
バレてた…、
いつから?
何人くらいに?
武部「安心しろ、俺しか知らねぇよww、気付いたのは、まぁ…、二週間くらい前か?」
俺の考えがわかるかのように武部は言った。
俺「何で…わかったんだよ……」
武部「そんなの簡単だ。俺がいつもお前のことを見てるからだ。お前がいつも周治を見てるよりもな。」
俺「え……!?」
武部「そんな驚くことねぇだろww?なぁ、俺とつきあわねぇ?周治なんかより俺のこと見てくれよ。周治なんかより俺の方がお前のこと大事にできるぜ。」
(周治「なんか」って言うな……)
俺「い、 嫌だ!」
俺はキッパリ断った。
武部「じゃぁ、このこと周治にばらすぞ?いいのか?周治が知ったらドン引きだろうな〜、もう口ききたくてもきけねぇだろうな〜…」
俺は頭が真っ暗になった。口をきけなくたっていい。でも知られるってことは、周治の中で俺は変態のレッテルを貼られることになる。俺を視界に入れる度に嫌悪感を抱かれるかもしれない。
それだけは耐えられない……
俺の絶望した顔を見て武部は肩に手を回してきた。
そして優しい深い声で
武部「ごめんな、こんなやり方で…、でもやっぱり悟に俺のこと見てほしいし知ってほしい。少しずつ俺のこと好きになってくれればいいからさ。」
(武部だって悪いやつじゃないんだ…、それは俺だってわかってる。)
俺は力無く頷いた。
すると武部は嬉しそうな顔をして、
武部「ありがとう。これからよろしくな!じゃぁ早速…」
と言って武部は俺の唇に自分のを重ねてきた。
俺は驚いたけど、受け入れられないことではなかった。
コンクリートの壁の室内には、
クチュクチュ…、はぁ、ぁん…んふぅ……くちゃ、ぁあ……、
といったいやらしい音が響き渡った。
お互いに舌を絡ませ合っているうちに、俺は始めはあまりにも緊張していたために気付かなかった酒臭さを感じた。
(武部、飲んでるのか…?まぁ普通じゃこんなことすぐにできねぇよな……。でも朝っぱらからって…、しかもバレたらまずいんじゃないか?)
根は優しい武部のことだ、よっぽど何か辛いことでもあったんだろう。
ひょっとすると原因は俺へのこの気持ちからなのかもしれない。