おぶられたまま保健室に着くには、あっという間だった。
先輩は足を使って器用に扉を開け、軽く挨拶しながら中へと入る。
誰も居なかった。
「あれ、職員会議かな?」
先輩は残念そうに言って、俺をソファへと座らせる。
離れていく温もりが寂しく感じた。
「ちょっと待ってろな」
そう言って先輩は棚を漁っている。
「あ、あの、勝手に触っていいんですか……?」
その様子に恐る恐る聞くと、いーのいーの!と軽い感じで返事をする。
何も言えない自分はそのまま待っていると、先輩は濡らしたタオルに消毒液、絆創膏、湿布など、手当てに必要であろうものを用意して近づいてきた。
「とりあえず、服脱げよ。汚れてるから」
そういって、先輩が俺のシャツのボタンに手をかける。
「え!?でも、着替えが……」
俺の戸惑いの言葉にぴたっと動きが止まって、しばらく何かを考えているかと思ったら、
「あ。俺のジャージ貸してやるよ。ちょっとでけぇけど」
ちょっと待ってろと言って、保健室を出てから5分くらい経ってからだろうか。
先輩が手に鞄を持って戻ってきた。
その間に身体の痛みも大分落ち着いて、言われるがままに鞄から出されたジャージを受け取った。
ここまでされてつき返すのも悪いと思い、着替えようと服を脱ぐと、
「華奢な身体だなぁ」
と先輩は笑ってきた。思わず全身が熱くなった。
それを悟られまいとして急いで着替えを終えると、先輩は手際よく、口元を消毒してくれたり湿布を貼ったりと手当てしてくれた。
「これでよしっ」
と、満足そうに言う先輩はどんな正義の味方よりも頼もしく見え、俺はさっきの恐怖から開放された安堵感とともに、心の底から礼を言った。
「あ、ありがとうございます!」
先輩の動きが一瞬ぴたりと止まったかと思うと、
「お、おう」
と照れくさそうに言いながら頭を掻いていた。
「ってか、お前。あんな人気の無いトイレ使うなよな」
先輩が表情を一変して言ってきた。
少し怒っているような、でも、本気で心配してくれているのを感じた。
「すみません……」
先輩に会いたくて、とは言えなかった。
「まぁ、図書室に一番近いからわからなくはねぇけどさ。
あいつらみたいなヤツがたむろしてるときもあんだから」
言われてみれば確かに。先輩のような先輩が全てではない。
自分の行為に深く反省していると、俺はあることに気がついた。
「せ、先輩、今部活中じゃ!」
そう思った。
きっと休憩中のことであり、その時間を俺なんかのために使ってくれていると思ったら居た堪れない。
俺が一人で慌てていると、
「あー、後半は自主トレみたいなもんだから平気平気」
と、けろっとした態度で言ってくれた。
「……本当に、すみません」
思わず涙が出そうになった。
その姿にちょっと焦ったのか、バーカ、と小突きながら慰めてくれた。
「お前、一人で帰れるか?」
「え…?あ、た、たぶん大丈夫だと思います」
ちょっと強がって言った。本当はどこか不安だった。
それを悟ったのか、
「今日は俺がついてってやるよ」
と言ってきた。
俺はその申し出に驚き、目を見開いた。
「い、いや!いいですよ!悪いです!部活もまだあるんでしょうし」
「だから、遠慮すんなって。途中で痛みがぶり返して倒れられたら、それこそ嫌だしな。今日は早退するわ!」
先輩は俺とは対照的に、軽い感じで言ってきた。
「で、でも……」
「はいはい。先輩の命令には?」
「……絶対、服従?」
正解とうなずいて笑いながら、先輩は鞄から自分の制服を取り出して着替え始めた。
(……うわっ)
なんの躊躇もなく脱がれる練習着。
そこにあった憧れの先輩のボクサーパンツ一枚の姿は、高校1年生の俺に取っては刺激が強すぎた。
俺はおもわず目を伏せる。
が、やっぱり見たい気持ちもあって、ちらりと盗み見た。
先輩はその姿のまま、汗拭きシートで身体を拭いている。
自分とは違う、逆三角形の大人びた身体。
胸板や背中は厚く、腹筋も綺麗に割れている。
そして何より、サッカーで鍛えられた太く逞しい足。
ごくり、と生唾を飲む。
「おい?なんつう顔して見てんだよ」
「……へっ?」
はっと我に返って、急いで先輩から目をはずした。
「す、すみません!!つい……」
「つい?」
「いや、凄くカッコイイなって。じ、自分とは違って、その……」
まごまごしてそう言うと、
「まぁな!毎日部活で鍛えてっから」
ふざけて笑いながら、先輩は軽くポージングして見せつけてきた。
(そんなの見せられたら、アソコが……)
ふと先輩の下半身に視線が止まると、パンツの中心が膨らんでいた。
(――やばっ!)
「せ、先輩は、なんで俺なんかに!こんな親切にしてくれるんですか!?」
「は?」
とにかくなんとかしようと思って口走ったその質問は、気にはなっていたけど聞くのが怖かったことだった。
(げぇー!な、なんでこんなときに、俺の馬鹿野郎ーっ!)
そう心の中で叫んでると、先輩はけらけら笑いながら、
「ん〜、なんとなくほっとけない感じ?」
「……なんとなく?」
さらりと言う先輩に、俺は不思議そうに聞き返す。
「あぁ。まぁ、後輩はいっぱい居るけどさ。
部活の後輩は後輩でもありライバルでもあるから、そういう付き合いだし」
「はぁ……」
あまり納得できないで居ると、先輩は着替えながら続けて、
「お前……、岡田はなんかこう、後輩らしい後輩ってかさ。
いや、弟らしい後輩……?いや、んー、わかんねぇな」
と笑って言ってきた。
俺はあまり深く突っ込むのも変かと思って適当に納得した。
「よし、行こうぜー。ってか、歩けるか?」
着替え終わった先輩のちょっとラフに着こなした制服姿は、格好良かった。
日に焼けた素肌と白いYシャツがよく合っている。
「だ、大丈夫です」
俺は悶々と広がる妄想をふり払いながら、ソファから立ち上がり先輩と一緒に保健室から出て、自分の荷物を取りに図書室へと向かった。