「まったく、サイテーですね」
三鷹に着いて家に向かっている間、俺は先輩に文句を言い続けた。
その言葉と本当の思いは全く裏腹ではあったが。
「だから、ごめんって謝ってんだろうー」
先輩は少し困ったように、でもどこか楽しそうに言う。
「でもやっぱり最後のアレには、ちょっとドキッとしたな」
「え?」
先輩は立ち止まって、俺の、というよりはどこぞのAV女優であろう真似をする。
「先輩……、助けて。あんっ」
「……」
身をくねらせて本人曰く可憐な仕草を、俺は全く以ってシカトして歩き続けた。
「お、おい、つっこめよー!」
「嫌です」
焦って俺の腕にすがってくる先輩を軽くあしらう。
「いや、マジで可愛いなーって思ったんだよ。……感動した!ありがとう!」
「総理かっ」
先輩の全然似てない当時の首相のモノマネ。
噴出すの堪えてとりあえず突っ込みを入れると、先輩は満足そうにニヤニヤして指で俺の頬をつついてきた。
俺も限界が来て腹を抱えて笑うと、先輩もそれに乗っかって笑う。
そんな下らないやり取りさえ、ものすごく幸せに感じた。
それは、トイレで会って、今日会って、本当にそれしか会ってないのに今までずーっと知ってるような関係の雰囲気だった。
……。
そうこうしてるうちに、自宅へと到着した。
時刻は19時を回り、夏とはいえすっかり日が暮れていた。
当時住んでいた家はそれなりに築年数を重ねたマンション。
3LDKとごく一般的なサラリーマン家庭だったと思う。
「おじゃましまーす」
「どうぞ」
電話を入れておいたからか、出かける前に少し片付けられていたような気がした。
へぇー、ふーん、と言いながらリビングをきょろきょろ見回す先輩。
その様子が大きな図体のわりには小動物みたいに見えて、ちょっと可笑しかった。
「適当にくつろいでてください。今、お茶入れますね」
「あぁ、お構いなく……いや、ごほん。ありがとう、頼むよ」
俺は偉そうに言いなおしたその様子に少し疑問を感じながら、お茶を入れていると、
「なぁ、あれも聞いてくれよ」
「へ?」
突然のその申し出は、意味が分からなかった。
すると先輩はごほんっと一つ咳きこんで、
「いや、俺が旦那様だったらさ……」
と、少し歯切れの悪い感じで言ってくる。
「旦那様ぁ?」
「だーから、『ねぇ。お風呂にする?ご飯にする?それともわ、た、」
「はいっ、どうぞご勝手にっ。風呂入れてきますー」
俺は先輩の言葉を遮るようにしてガンッとお茶を叩き置き、リビングを後にした。
後ろからは何やら寂しげな鳴き声が聞こえたが、聞こえないふりをする。
先輩はもっと大人びた印象だと思っていたが、大分イメージが違った。
けど、やっぱりそんな三枚目なところもかえって好印象だった。
風呂も掃除されていたようだが、念のためささっと湯船を洗っていると、
「おぉー。風呂だなぁー」
と当たり前すぎることを言いながら、先輩が覗きにきた。
「これが風呂以外の何に見えるんですか」
「ははは、なぁ、沸いたら一緒に入ろうぜー」
笑いながら暢気に言ってきたその台詞に、一瞬動きが止まってしまった。
(先輩と、風呂……)
瞬間、保健室でみたボクサーパンツのもっこりの中身が脳内を駆け巡った。
あの中にある、きっと男らしく立派な……ダメだ!耐えられない!
そう思った俺は、
「い、嫌ですよ!こんな狭い風呂で!」
焦る気持ちを抑えつつ断りを入れると、
「なんだよー。いいじゃん、洗うの交代交代で入れば」
と先輩は引き下がらなかった。
言葉に詰まるがそれでも掃除する動きを再開して、
「でも先輩、変なことしてきそうだから」
「しないしない!」
「……」
俺の中の何かが揺らぐ。
「あー!お前もしかして……」
それが何なのかわからなかったが、変なこと言われたら溜まったもんじゃないと思い、
「……わかりました」
と、返事をしてしまった。
先輩の押しの強さと自分に沸き起こる性欲が、俺の断る意思に打ち勝った瞬間だった。