部屋の時計は、午前3時を回っていた。
ずっと、ぼそぼそと話し出した勝手な思い出話に、慶一君は眠ることなく付き合ってくれていた。
「……ひどいっすね」
低く呟く、ただ一言の感想。
俺は何も言えず、黙っていた。
「俺は、その先輩とは違います」
正面でぐっと俺の肩を掴んで言ってきた。
俺はいつからか、心を閉ざして、上手いこと傷つかないように生きてきた。
だからこそ、今が、とても不安で仕方がなかった。
「たしかに、いつまでも続く保障なんてどこにもないけど」
俯いている頭を、ぐっとあごから持ち上げられて、強制的に目をあわせられる。
「それでも、今、この瞬間は春さんが好きです。
はじめてあった時から、言葉にはできない雰囲気があって、それから」
ぐっと抱きしめられ、耳元で、
「ずっと気になってました。まさか、男を好きになるなんて夢にも思ってませんでしたけど。俺は正直に、今の気持ちを大切にしたい」
囁かれた。俺はぐっと涙を堪えて、
「こんな未練たらたらな感じでも……?」
どこか恐る恐る聞いた。
「もちろん。絶対、いきなり消えたりしないですし」
そう言いながら慶一君はニッと笑って、俺に軽くキスをした。
俺は泣きながら、笑いながら、しがみついた。
眠りにつきながら、慶一君は言ってきた。
「すみません、春さんのこと何も考えなくて。
ゆっくりでいいです。
ゆっくり、不安もあるけど、目先の幸せを感じていけたら。
それでいいと思いました」
「年下のくせに……」
俺は身体が熱くなるのを誤魔化しながら言った。
「でも、ありがとう」
そう一言返すと、慶一君は満足そうにして俺は抱き寄せた。
それはどんな思い出の温もりよりも温かく、心地よかった。
「今度、映画観に行こうか。今日言ってた、あれ」
慶一君は、はい。とだけ言って、そのままスースーと寝息を立て始めた。
男と男。これから、たくさんの苦難はあると思う。
不安はまだまだ尽きないけれど、それでも目をそらさないで、ぶつかっていこうと思った。
目先の幸せに、全力で。
そしたらきっと、たとえ辛い別れのときが来たとしても、後悔は少なくなっていくはずだと。
「映画、楽しみだな」
一人でつぶやいてクスクス笑っていると、寝ているはずなのに心なしかギュッとされたように感じた……。
おしまい。