その朝は、良く晴れていた。
カーテンを開けると、冬の日差しの柔らかさと暖かさを全身で感じる。
「気持ちいい〜!」
開けた窓から入ってくる新鮮な空気を吸って、俺はぐっと背伸びしていると、
その様子をもう一人の若い男が、ベッドの中から寝ぼけ眼で眺めている。
「うう〜……まぶしい。今、何時ですか……」
ゾンビのようなうめき声を上げながら聞いてくるものだから、俺は呆れたように笑って返してやった。
「10時。慶一君も早く起きろよ。映画、観に行くんだろー?」
慶一君と呼ばれた男はまだうなりながら、
「目覚めのキスを……」
と甘えた声で言ってくる。
俺は仕方ないなぁと色っぽい声を出してベッドに近づくと、彼はにやりとしながら満足そうに体勢を整えた。
その様子に俺は優しい笑みと共に顔を近づけ、思い切りデコピンしてやる。
「いったぁあああああ!!!」
叫びながら勢いよく起き上がり、悶えている慶一君。
その姿を見ながら、我ながら良い当て方をしたと一人うんうん頷いていると、
「なんてことぉ!」
潤ませた瞳で見つめてくる。
男前な顔とそのギャップに俺はドキッとしながらも、冷たくあしらって朝食の支度を始めた。
「甘い朝のやり取りなんて10年早い」
「そ、そんなぁ……」
そんなやり取りに彼は特に怒るわけでもなく、かえって嬉しそうに俺の後ろをうろうろしながら支度の様子を伺ってくる。
時折、隙あらば背後から抱きつこうとしてくる彼に一言、ぴしゃりと言い放った。
「先、シャワー浴びるなり着替えるなりしてきたら?食ったらすぐ出るよ」
正直、予定の出発時刻は過ぎていたのだ。
その言葉に彼はしゅんとしながら、
「春さんは厳しいなぁ……」
と言ってバスルームへと消えていった。
俺は一人で、クスッと笑った。
今日は、二人で映画を観に行く約束をしている日だった。
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トーストと目玉焼き、サラダ、コーヒーと言った一般的な朝食をテーブルに並べていると、慶一君がシャワーを浴び終わり出てきた。
「ふぅー……さっぱりした!」
天気に負けない爽やかさを振りまいて出てきた彼の姿は、腰にバスタオルを巻いただけだった。
俺はチラッと見てすぐさま視線をずらし、
「飯、出来てるよ」
とだけ言った。内心はドキドキしていた。
それもそのはず、大好きな彼氏の鍛えられた裸が目の前にあるのだ。
程よく厚い胸板、6つに割れた腹筋、引き締まった脚……。
自分が作った朝食なんかより100万倍美味しそうだった。
俺の心を知ってか知らずか慶一君は笑って、
「なんでこっち見ないの?」
と俺に言いながら近づいてくる。
ボディーソープの残り香が俺の鼻をくすぐった。
俺は突然のことに口ごもっていると、スッと後ろに回りこんで、
「ほら、俺に触りたいんだろ?」
と言って手を回してくる。
彼の暖かい温もりが、服越しに伝わってきた。
そして、タオルに隠された股間の少し硬い感触も……。
俺は興奮度MAXになりながらも年上のプライドから、テーブルに置いてあったサラダ用のミニトングを手に取って、慶一君の手をつまんだ。
「いててててッ!!ちょ、ちょっ!」
「ありゃ、美味しそうな肉があると思ったら間違えちゃったなぁ」
痛がる彼に棒読みでわざとらしく返して、
「さっさと服着る、食べる、出る!」
そう冷たくあしらった。
朝からいちゃつきたいのは本音だが、ここで流されてしまったら、それで一日が終わってしまう。
正直、身体だけの付き合いになってしまうのは嫌だった。
彼はぐすんと子供の泣き真似をしながら、服を着替え、飯を食べ終わるころにはすっかりいつもの彼に戻っていた。
彼のそういうちょっとエロいところも、さっぱりしたところも大好きだった。
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新宿の中心にある大きな映画館。
それが今日の目的地だった。
家を出る頃にはもう12時近く、向かう途中の街中には人が溢れている。
「なんか、色めき立ってますね〜」
慶一君が暢気に言ってきた。
それもそのはず、世間はクリスマスムード一色でキラキラとした華やかな装飾に包まれているところがほとんどだ。
それに併せて軽快なクリスマスソングがあちこちに流れ、休日ということもあってか行き交う人々の足取りはとても軽やかだ。
「俺は苦手だけどね、この雰囲気……」
俺はちょっと苦笑いしながら返した。
正直な話、昔からちょっと苦手だった。
自分一人だけが取り残されたような気がすることが多いから……。
と、一人ネガティブ空気を出してしまった自分の顔を、慶一君は不思議そうに覗き込んできた。
そしてすぐに「あっ」と何かを思いついたかのようにした彼は突然、俺の手を握ってきた。
「はっ!?」
突然のことに俺は混乱していると、慶一君はニッと笑って、
「今まで独り身だったからでしょ?」
と言ってきた。
そして、強く、それでいて優しく手を繋いで前へと歩き出す。
「いや、いやいや、だからって」
「良いから良いから!」
俺の拒みをかぶせるように拒み、強引に前へと進んでいく。
すれ違った人たちが可笑しそうにこっちを見ている、気がした。
俺は恥ずかしくなって、ぐいっと力を入れて手をはずした。
嬉しさと恥ずかしさが入り混じった複雑な気分で、
「そういう恥ずかしいことは、人前ではしない!」
と言うと、予想通り彼はそんな俺に対して「えー!」と膨れっ面になりながら抗議してきた。
「じゃあ、人前じゃなかったら?」
続けて質問してくる彼に、思わず言葉がつまってしまった俺を見て、
「分かりました。早く行きましょう!」
と満足げに言ってきた。
そのときの彼の顔は、まるで何か面白いいたずらを企んでいる少年のようだった。
思えばこのときから既に、いや、朝の時点で彼のペースにまんまと乗せられてしまっていたのだった。
それに気づいたのは、もっとあとになってからだったのだが……。