私は広島までの帰路、隼に翔の事を任せきって良かったものかと苦悩し続けていた。
帰宅後、自分の判断が正しかったのかと悩む自分に嫌気がさしてきて、少し離れた山あいにある小さな滝で深夜から早朝迄の禊を行った。
真冬の滝行も打たれ続けると寒さを感じなくなるが、体力を奪われ意識が朦朧としながら遅めの御来光を迎えた。
濡れた白装束を纏いフラフラで歩いている所を吉川さんに発見され、無事保護され帰宅、風呂を沸かしてくれ、暖かくして頂いた後、布団に寝かせてくれた。ここら辺の私の記憶は曖昧である。
山仕事をしている吉川さんは私のことを軽々と抱えて家まで運んでくれて、本当に感謝の限りだ。
隼の声が遠くに聞こえた様に感じたが、私の意識はまだ虚ろで、耳を澄ませたが気のせいかと思うとまた意識は薄れていった。
顔のあたりが冷えてきて、気がつくと辺りは暗がかっていた。飛び起きた私が玄関を出ると、庭先で吉川さんが翔に手解きをしながら鹿を捌かせていた。
2人の無事を安堵し、血塗れになりながらも真剣な面持ちで解体に挑む翔を軒下にいる隼の隣で見届けた。
「ただいま帰りました。」
翔の邪魔にならない様に小声で囁く隼。
「おかえり」と小声で返すと、
「勇人さん、大丈夫ですか?倒れかかっていたって聞いて…」
と小声でもはっきりわかる様な心配を私に投げかけた。
勇「大丈夫だよ。」
隼「でも。どうしてそんな事になっていたんですか?」
勇「前に禊を一緒にした滝があるだろ?あそこで滝行をして未熟な自分と向き合っていたんだよ。」
隼「僕らのこと、心配してくれてたんですか?」
勇「それもあるが、隼に委ねないといけない自分の不甲斐なさに嫌気がして。でもやりすぎてしまったみたいだね。」
隼「本当に心配したんですから…。」
僅かに啜り泣く隼に翔は気がつき振り向いた。
「あ、えっと、お邪魔しています。」
翔がカタコトの挨拶と共に軽い会釈をした。
吉川さんは『ゴンッ』と快音が響くほどの拳骨で翔の頭を殴った。
「お前は挨拶の仕方も知らんのか?」
首元を持ち猫の様に持ち上げ立たせると、私の前まで連れてきて
「ほれ、何っていうんじゃ?」
躊躇している翔の頭を押し下げると
「これからお世話になります。宜しくお願いします…位のこと、高校生なら自分でちゃんと言え!」
「はい、お世話になります。お願いします。翔です。」
と、少しぎこちない挨拶をすると、吉川さんの下で鹿の解体を続けた。
私を寝かせた後も心配になり家に滞在していた所に隼が「ただいま帰りました。」と元気よく帰って来たので、慌てて外に連れ出し吉川さんの家でお昼ご飯を頂きながら、ここまでの経緯をざっくりと話をしたとの事。
ちょうど訪問客が朝方に仕留めた鹿をトラックに積んできたため、命の尊さと有り難さを教えるからと、鹿の解体を一緒にしている事を隼が教えてくれた。
私は隼の傍にて翔の命の授業を最期まで見届けた。