広島との県境近くにある山口県の町にある神社に行き仕事の内容を確認しようとすると、そこの神主さんより急遽の仕事を依頼された。
地方山間部では人材不足と共に高齢化が著しく、病気を抱えている方も少なくない。
「中村さん、今日は地鎮祭とお祓いの予約げ入っているんだが、持病の腰痛に加えて昨日ギックリ腰をしてしまって動けないんだ。申し訳ないんだが、今日だけで良いから代わりにお願いできないだろうか。」と玄関の段差さえ降りられない状態を見るにみかねて代行を快諾した。
その神主さんの奥さんの計らいで急遽隼も白と薄い青の袴を着る事になり、かなり喜んでいた。
客間にて私と共に袴に着替える。
着付けのわからない隼は私の着替えを見ながら何とか形だけは着こなした。
少し形を整えながら「良かったね」と言うと「この服が着れるなんて、本当に嬉しいです♪」と満面の笑みだった。
奥さんが「実はこれ、息子が中学生の頃、お手伝いをする際に来てたものでかなり古いんだけど、でも桐の箱で大事に保管していたから悪くはないと思うんだけど、どうでしょうか?」と襖の向こうから聞いてきた。
「ありがとうございます。とても良いです。でもそんな大切にしてたものを僕が着ても良いんですか?」
「息子はもう50歳過ぎ。大人なのでこれは着れないわ。それにここは継がないと言って東京の方で就職してしまって…独身で跡取りもできそうにないのでその服を着てくれるあてはなさそうなの。もし貴方が良かったら貰っていただけないかしら?」
「本当ですか?」と喜ぶ隼だが、あまりの申し出に私は「戴けません、そんな大事なものを…」と断りを告げた。
正座のまま猫背となり両手をダランと垂らしてガッカリした顔で私を見つめる隼。
その姿に「中村さんは立派な跡取りさんがいて良いですね。この袴はその跡取りさんにあげるのであって、中村さんにあげるんじゃないわ。良いじゃない、それとももう他にあるの?」と私を籠絡に掛かってきた。
すかさず隼は「持ってません。」と合いの手を挟む。
「ほら」と笑顔で話す奥さんに「いや、しかし…」と話を切り替えようとしたのだが…
「この袴はこのまま桐の箱の中で一生を終えるのか、それともこの子(隼)に使って貰って袴としての一生を終えるのか、中村さんはどちらが幸せだと思いますか?」と諭されてしまった。
体を正し一礼して「それでは有り難く頂戴致します。大切に使わせていただきます。」と言うと隼は両手を上げて「やったー」と喜んだ。
隼を静止させ私の横に正座させると、改めて奥さんに一礼をした。隼は私に連れられる様に一礼をして「ありがとうございます。大切にします。」と畏って返礼した。
奥さんは「丁寧な挨拶、ありがとう。大事にしなくても良いわ、今まで仕事出来なかった分まで貴方(隼)が袴を使ってあげて。その方が袴も喜ぶと思うわ。」と笑顔で話してくれた。
隼は「はい。」と心地よい返事をした。