餅が全てつき終わる頃にはもう夕方になっていた。
母屋では女性陣が紅白餅を作ってくれている。
平たいケースにそれを並べると2回に分けて小学校まで運んだ。
練習中のお囃子が聞こえてくると、祭りの気持ちが高まってくる。
19時開演なのだが体育館の中ではお昼過ぎから場所取りがされており、ステージの前にはゴザや毛布が碁盤の様に敷かれていた。
本部席の様な場所に吉川さんの奥さんが座り場を仕切っていた。さすがは吉川さんの奥さんといった感じだ。
本部席の後ろ側にコンロと水を張った鍋があり、夜間寒くなる頃に日本酒好きな吉川さん達が飲む熱燗をこさえる準備だとわかった。
外にはビールやジュース、焼き鳥、たい焼き、ポテトなど、いくつかの出店も出ている。
日が落ちてくると小学校の校庭に車が何台も停まり、祭りが始まる頃には埋め尽くされていた。
ここの秋祭りは規模がそこそこ大きいのと、駐車場も充分にあるため、この街だけでなく近隣からも祭りを見に来るようだ。
始まりに挨拶があるため袴に着替えて準備をする。
隼が「僕は何をしたら良いですか?」と聞いてきた。
「隼、お祭りが終わるまで私はここから離れられない。周りにもたくさん人がいるから用事も事足りる。」
隼は深く頷く。
「隼はお祭りが終わるまで、自由行動だ。3時に終わると片付けが始まるから、それまでに戻って来れば良い。葵ちゃんとデートしてこい。」
隼は申し訳なさそうに「でも…」と呟いた。
両手で隼の頭を挟むように掴むと、額と額をくっつけて「もう一度言っておく。本殿のセキュリティは解除してある…わかったな?」
そう言うと、一瞬ニヤっとしたが少し離れて背筋をピンと伸ばし気をつけをすると「わかりました。頑張って来ます。」と言い残し舞台袖から出ていった。
祭り開始。
一応、うちの主催の秋祭りという事になっているが、先代の親父から受け継いだ私は既にお飾りで、本当の意味で地域の祭りとなっている。
収支の報告もされるが、それらも実は吉川さんにお任せしているのが実情だ。
挨拶を行うと、その後は直ぐに神楽の開始。
みんなそれを楽しみにしている。
3演目目の『恵比寿』辺りで隼と目が合った。
目配せして外に行く様に促すと隼は口を固くつむりひとつ頷くと葵ちゃんと一緒に体育館から出て行った。