「中村さん、隼くん、始めるよー。」
吉川さんが母屋の入り口で叫んで外に出た。
私だけ出ていくと「あれ?隼くんはいないの?」と不思議そうに聞いて来た。
「彼は今、青春のど真ん中なもので。」と、ニンマリと笑うと「あいつ、うちの葵を狙っとるんか?出会ったばかりで早いわぃ。今時の子にしちゃ積極的だなぁ。」と笑い飛ばした。
米を杵で潰している頃に隼は戻って来た。
「どうだった?」と聞くと、口角を上げて親指を立ててGOODを示した。
「良かったな。」と言い頭をクシャクシャとしてやると「ありがとうございます。」と笑顔が溢れ続けていた。
交代で杵を振う。何せ15臼もつくとなると体力が半端なく必要だ。
30代の私も当然戦力の中では多様されるポジションで、40代の吉川さんの息子さんもその仲間で、米を潰す1番体力のいる所を担当し、いわゆる餅をつく作業に入ると吉川さん達の世代の出番だ。
しかし半分の8臼ついた頃には杵を振り上げると肩が痛いとサボりがちになり、遂には隼に声が掛かった。
「頑張ります!」と、意気揚々と杵を掴んだが、痩せた隼の体は振り上げた杵にバランスを崩しフラフラとなる。
驚いた顔の隼を見てみんなが一斉に笑う。
全力で振り落とす杵は先端の重心を失うと斜めに落ち、当然米は潰れない。
隼の初めての餅つきはたった1分で終了した。
悔しがる隼にゆっくりとした足取りで近づいて来る吉川さん。隼は縋る様な眼で吉川さんを見つめる。
諭すように杵の突き方を隼に教えている吉川さんの姿は、恐らく隼が味わった事のない父や祖父との経験の継承に他ならない様に見えた。
同時に、隼にとって私は親なのか、それとも兄なのか、はたまた友達なのか、といったわけもわからない疑問に自問自答していた。
後半の臼は私と吉川さんの息子さんが殆どの工程を担当し、吉川さん達は縁側や石段に座って見守っていた。何度か隼が交代すると、皆からヤジとも応援とも取れる声援が飛び交った。
「吉川さんの山仕事を手伝っていた若い子ってのはこの子か。なかなか筋が良くて頼りになるじゃないか。」
額に汗してひと仕事終えた隼のケツを『バチン』と思いっきり叩いた。
「今度はわしんとこの山作業も手伝ってくれんかの。」と笑いながら本気のスカウトを受けていた。
「はい、機会があればお願いし…」と言い終わる前に吉川さんが話を遮って、「中村さんとわしがOKせんと隼くんは貸したらん。」と、まるで社長の様な口調で、当人同士の自由契約を回避してくれていた。
これは若者を我が物のようにこき使う田舎の風習から隼のみならず私をも守ってくれる発言なのだろうと推察した。
しかし同時に、隼がこの地域の人間に少しずつ受け入れられ始めている事を実感した。