「おはようございます」
土曜日の朝、私が起きると隼は先に起きて念入りに歯磨きをしていた。
「おはよう。隼が先に起きてるのは初めてだね。」と言うと口の中を泡だらけにして笑って返した。
「準備に余念がないな?」
と言うと、嗽をしながら「でも葵ちゃんとできるかわかりませんからね。」と言うので「何ができるかなの?」と意地悪を働くと、「エッチです。」と体を少し小さくしぼめながら答えた。
2人で境内を掃き清めていると「おはようございます。今日、明日は忙しくなるね。」と吉川さんが朝の参拝の後にやって来た。
「この一週間、作業を手伝ってくれてありがとう。これは感謝の気持ちだ。隼くんに使って貰えないかな?」
徐ろに紙袋を取り出すと隼にそれを渡した。
私を見つめる隼…私が頷くと隼はそれを受け取り、箱を開くとそこには革製の立派な登山靴が入っていた。
見るからに数万円はしそうな迫力に「こんな立派なもの、頂けません。」と、隼は私と吉川さんを交互に何度も何度も見つめてくる。
私は隼の足元の汚れてくたびれた運動靴を見て吉川さんの優しさを悟った。
「一緒に山で作業を沢山してくれて汚れてしまったみたいだし、来週からまた中村さんの仕事の手伝いで山登りに同行すると話していたじゃないか。
この靴なら隼くんの役に立ってくれると思うんだけど…受け取って貰えないかい?」
まだ戸惑っている隼に「吉川さんを困らせちゃいけない。有り難く受け取っておきなさい。」
そう言うと右手で隼の頭に乗せ、「ありがとうございます。」と一緒に頭を下げた。
ホッとした様子で午前中に神楽団が体育館に到着して準備にかかる事と、昼から餅つきを境内で始める予定などを話すと会釈をして帰ろうとした。
隼が「あ……」と声をかけられずにいると、「そうそう隼くん、餅つきの時にうちの葵も来るから宜しくね?田舎では同年代の子がいないから、密かに楽しみにしているみたいたがら。」
と、足を止めて吉川さんが教えてくれた。
隼は「はい!」と大きな声で返事をすると、掃除を再開した。
幾分か足も心も軽やかなようであった。