小学生を2人連れたお父さんが露天風呂に入って来た。2人は自分達の世界観に入り込み飛び込んだりお湯を掛け合ったりしている。
「そろそろ上ろうか。」そう言うと「はい」と一言だけ言って先に湯から出た。
少しノソノソと歩いている彼は小さく縮こまった前を隠すことはしていなかった。
そのまま脱衣所に行こうとするため、「上がる前にもう一度頭と体を洗うんだよ。」と手を引くと、少し挙動る様に驚きながら、静かに椅子に座った。
先程笑顔だった彼とは明らかに違う何かであった。
「ここの風呂にはサウナがあったんだ、明日の朝にもう一度風呂に入って、その時にサウナも入ろう」と少し話を振るものの、彼の耳には入っていない様だった。
浴衣に着替えて部屋まで戻るまでも彼からは一言も喋らなかった。
部屋に戻ってからもベッドの端に座って下を向いて黙っている。
空気に耐えられなくなった私は右手で彼の左の頬を軽くビンタした。
パチンッという音に反応して彼は私の目を見た。
「さっきからどうしたんだ。」と尋ねると「もう◯◯(神主)さんと一緒に行く事は出来ないんですかね、警察とかに連れていかれるんでしょうか?」そう言うと両手で顔を塞いで泣いていた。
「それでさっきから様子が変だったのか。別に警察に介入してもらおうとは思ってないが、少なくとも未成年だから親御さんが心配していないかと思っている位だよ。保護者の同意があるなら君は僕と一緒に仕事をして貰って良いと思う。」
「そうでしたか、よかったです。でも、こうなると僕のことを話さないといけないですね。」
そういうと、彼は生い立ちを涙ながらに話してくれた。
母親がシングルで育ててくれていたこと。
小学2年生の時にその母親がトラック運転中に居眠りで事故を起こし死亡したこと。
石見の親類の家に引き取られたのだが、母の事故の賠償金を肩代わりさせられたその親類から疎まれて育ったこと。
その親類からは中学卒業の日に絶縁されたこと。
中卒でも働けると言われて住み込みで尾道の日本料理店で皿洗いから働き始めたこと。
中卒で1番の下っ端だったため先輩からのイジメが酷かったこと。
1年間耐えていたある日、板長から先輩より先に包丁を握らせてもらったり、火の前立ちをさせてもらったことでイジメがエスカレートしたこと。
普段から殴られてはいたが、白衣を全て切り刻まれ、辞めないと殺すと脅され、先輩の血走った眼が怖くて、料亭を飛び出して来たことなどを話してくれた。