「あー…癒しが欲しい…」
バーのバイトの日。この頃、新事業の立ち上げの打ち合わせでよくアキラさんとキョウスケさんは来店してくれていた。アキラさんのホストの仕事が終わってからだからもう時間は閉店間際になっていて、お客さんはほとんどいない。
打ち合わせの筈だったんだけど、うまく進んでないみたいで、完全に飽きモードのキョウスケさんがカウンターに頭を伏せて、ブツブツ言いだした。
「ねぇねぇ。なんで世の中ってこんな理不尽なんだろね…。こんなに頭も良くて、顔も良くて、スタイルもいい俺がなんでこんな振られるんだと思う?」
すごく面倒くさいモードのキョウスケさんの問いかけに、アキラさんは完全に無視で書類に目を通してる。アキラさんがそんな感じだから、キョウスケさんの視線がこっちに向けられる。
空になったグラスに氷を入れながら、仕方がないから相手をする。
「また振られたんですか?今度は何が原因で?」
「今度どこに行ってあれ買って、これ買ってうるさいから、クレジットカード渡したら、そういうことじゃないんだ!って引っぱたかれた…」
「なかなか、最低ですね」
「最低って!ひど!なんでだよ!すっげー優しくない!?まぁ、限度額はあるけど、なんでも自由に買っていいって言ってんだよ!?俺、今やっと軌道に乗ってきて超忙しいからさ、せめてもの優しさだったのにー」
「多分、彼女さん、物が欲しかったんじゃなくて、キョウスケさんとデートしたかったんじゃない?一緒に休みの日に買いに行って、プレゼントしてほしかったんですよ」
俺がそういうと、今まで口を挟んで来なかったアキラさんが書類に目を通しながら、噴き出した。聞いてないと思ってたらちゃんと聞いてたみたい。そんなアキラさんをキョウスケさんが睨む。
「お前、ホントホスト時代はめっちゃモテてたのにな。何でそうなった?」
ちなみに、キョウスケさんもアキラさんと一緒にホストとして働いてたらしい。
「うーん…お客さんはさ、違うじゃん。姫じゃん?ワガママなのが可愛いじゃん?そう思ったら割り切れるし、可愛いなとも思ってたけど、それ抜きだとなかなかみんなワガママの度合いが強くてー!ずっと一緒にいるのきつい…俺Мじゃないから喜べない…」
そんなことを言うキョウスケさんにアキラさんがため息。俺もなんか面倒くさくなってきて、ちょうどトイレから戻ってきた仕事仲間のバーテンのユウトに話を振った。
「ユウトは彼氏ともうどれくらいだっけ?うまくいってる?」
「えー、なんですか、いきなり。笑 もうすぐ1年かなぁ?うまく…いってるかなぁ…最近あんまり会えてないんですけど…」
そう言いながら、少し寂しそうな顔するユウトは、横から見ててめちゃくちゃ可愛い。俺より一個年下のユウトと働きだして、1年ぐらい。
最初マスターが連れてきた時は、どっかのモデルさんでも連れてきたのかと思った。
ジャニ顔で男女問わず、お客さんからのナンパもすごいユウトなんだけど、めっちゃ一途で、彼氏のことを話す時はすごい幸せそうな顔をする。(ちなみにゲイモテ一番はだんとつマスターだけど)
でも、何度もお店に来たことがあるユウトの彼氏には、あんまりいい印象が無かった。連れてくる仲間はガラの悪いのばっかりだし、他の客にも絡むし、何よりユウトに対しての扱いが乱暴で、大事にされてる感がなかったから…。
何気なく聞いては見たけど、あんまり会えてないって聞いて、実はちょっとホッとした。
「ユウト、彼氏と別れたらいつでも俺に乗り換えていいからね!?」
「…キョウスケさん、何度言われてもお断りですから!乗り換えませんから。笑 俺、彼氏一筋なんで!」
「いいじゃん、夢見るくらいー!ユウトの顔超タイプなのにー!」
(顔かよ…!)
ちなみにお決まりパターンっていうぐらいこのナンパのくだりは毎回の出来事。ユウトの彼氏にいい印象は無いんだけど、だからといってキョウスケさんとくっつくのもなんか微妙。いや、悪い人では無いんだけどね…。
キョウスケさんと一時期付き合ってた時期、彼氏としてのキョウスケさんはすごく優しかったし、話も上手くて、一緒にいてすごく楽しかった。でも、それは誰にでもそんな感じで、特別に誰かを好きになったり、逆に怒ったり、そういう感情を出した所を見たことは一回もない。
きっとこの人の特別になるのは、相当大変だろうなーっと思った覚えがある。
(最初にアキラさんが俺とキョウスケさんとの付き合いを心配してくれたのってこんな気持ちだったのかな)
ぼんやりそんなことを振り返ってたら、アキラさんがバックから何かを取り出してきた。キョウスケさんのことはもう完全に無視。笑
「マサキ、手だしてー」
「?はい。なんですか?」
言われた通り手を出すと、なんかジェル状のものを塗りたくられた。人が居る中でさりげなく触られるとなんか恥ずかしい。
「なんですか?これ」
「ハンドクリーム。女の子に聞いたけどいい商品なんだって。昨日、抱きつかれた時にマサキの手が荒れてるなーって思って、夜中見たらあかぎれ痛そうだったから買ってきた。改めて見るとすごいな。しみない?大丈夫?」
「大丈夫です。ていうかすいません…。触った時、痛かったですか?」
「俺は大丈夫よ?マサキが痛そうだったから。明日から1週間は試験勉強でバイト休みだろ?夕飯、俺がするから、ちゃんとそれ塗りこんどけよ?」
「ありがとうございます」
「イチャイチャ禁止――!!!」
完全に2人の世界に浸ってたら、キョウスケさんが思いっきりアキラさんの頭をおしぼりで叩いて来た。
「なんなの?お前ら。夫婦の余裕ですか?生活感溢れる会話しやがって!リア充が!お前らの夜の営みの話なんか聞きたくないわ!仕事しろよ!マサキ!」
「なら、聞くなよ。耳とじとけ!つーか、痛いわ!」
また喧嘩モードになった二人に呆れてると、ユウトが複雑そうな顔でこっちを見てるのに気付いた。
「ん?ユウト、どうした?」
「え…?いや、ホントアキラさん優しいですよね…マサキ君、仲良いー…」
「うん。俺もそう思う。笑 ユウトの彼氏は?優しくないの?」
「…俺は…。まぁ、俺の話はいいじゃないですか。あ、お会計締めますね」
ユウトはそれ以上は話してくれなかったけど、なんか複雑そうなユウトの表情がずっと気になってた。