それから、更に一か月くらいが経った。アキラさんからはフェラしたこともお構いなしに連絡来るし、それどころか、アキラさんはあの一夜から、かなり俺に気を許して、些細なことでも、俺に連絡来るようになってた。笑 2、3回抜くお手伝いもした。
(このままだと、マジ好きになりそー…)
と、毎日紋々としたり、ぶっちゃけアキラさんおかずにしたりもしてて、そろそろ彼氏作らないとやべーなーと思ってた頃…。
その日は、店に飲みに来たキャバクラの女の子に店終わった後に飲もうと言われ、閉店業務をマスターに任せて早めに女の子と一緒に店を出た。
出た瞬間、めっちゃどしゃぶりの雨。一応出てすぐのところは、アーケードになってて、濡れないようになってるから、女の子を待たせてタクシーを拾いに行こうとした時だった。
か細い声で鳴く声が聞こえた。雨の音でところどころかき消されそうなくらいの。俺がタクシーも捕まえて来ずにキョロキョロしてたからか、女の子がちょっとイライラした声で、どうしたのとこっちに来た。
女の子に、ごめんと一言謝って周りを探すと、ビルの下に置いてあるダンボールから鳴き声が聞こえて来てるのを発見して、ダンボールを開けた。
中には仔猫が3匹。3匹いたんだけど、2匹は既に冷たくなってて、その2匹に寄り添うように、目がやっと開いたぐらいのすごく小さいボロボロな仔猫が鳴いていた。
「うわぁ…猫?死んでるじゃん…いや…汚い…」
女の子がそういうのも仕方ないぐらい、目は目ヤニだらけでほとんど開いて無くて、毛並もうんちまみれでガビガビになってた。繁華街だし、捨て猫も多い…。こんなこと、珍しいことじゃない…そういうのわかってたんだけど…
気づいたら俺はその猫を抱き上げてスーツの中に突っ込んでた。
「ちょっと!汚いんだけど!何触ってんの!」
「ごめん…こいつ…暖めないとたぶん…死んじゃうから…飲みに行く約束だったけど…ホントごめん!埋め合わせ今度絶対するから!」
そこまで言うと、思いっきり持ってた鞄で頭をはたかれた。ありえない!と一言言われて、タクシーに乗り込む女の子を見送った後、兄弟達の入った段ボールごと、俺もタクシーに乗り込んだ。
というものの、俺のアパートはペットNG。大屋さんが隣の部屋で壁も薄いので、猫を持って帰ったら速攻ばれる。
うんちの匂いのする猫をスーツの懐に入れてる俺に、タクシーの運ちゃんも、勘弁してくれって顔。俺は悩んだ結果、アキラさんに電話した。どうしようって思った時に、浮かんだのがアキラさんの笑顔だった。なんか、あの人だったら受け入れてくれるんじゃないのかな…て。
アキラさんちに着いたはいいものの、俺はピンポン押すのを迷ってた。電話で、事情を説明すると、いつもの感じで「来ていーよー」って言ってくれたはいいものの、いきなり、汚い猫と猫の死骸持ってきて、迷惑じゃない筈ないって思って。
なかなかピンポンを押せないでいると、俺のシャツの中で寝てた仔猫が起きたのか、また鳴きだした。その声が聞こえたのか、中からバタバタと音がして、玄関があいた。
「マサキ!何やってんの!寒かったっしょ。ほら入って!うっわ、ホント仔猫だなー!ちっちぇ!ほら、猫貸して。お前は風呂入ってこい」
俺の懐にいたうんちまみれの猫をアキラさんはためらいもせずにヒョイと腕の中に抱えた。その姿に、なんか俺は安心して泣きそうになってしまった。
「ん?何そのダンボール?」
「あ…こいつの入ってた箱で、兄弟だと思うんですけど…二匹…もう…死んでたんですけど…」
俺がそう言うと、アキラさんはダンボールの中を覗いて、用意していたタオルの中にまたためらいも無く、兄弟達を掴んでくるめた。
「…お腹すいてたろうな。寒かったな。晴れたら暖かい所に埋めてやるからな」
なんか、女の子とかタクシーの運ちゃんとかに冷たい目で見られて、ちょっと精神的に弱ってたんだと思う。なんか、アキラさんの優しさに本気で泣きそうになって、お言葉に甘えて速攻風呂を借りた。
風呂からあがると、仔猫に何か話しかけながら、ストローで何かやってるアキラさんがいた。
「お風呂いただきました。ありがとうございます」
「お!マサキ来てみ。こいつめっちゃ飲むぞ。がりがりだからどうしようかと思ったけど、これなら大丈夫そうだな!」
「何やってるんですか?」
「砂糖混ぜた白湯。暖めた牛乳でもいいけど、弱ってる時は牛乳でお腹壊しても駄目だしな。明日動物病院で仔猫ミルク買ってこよう。少し体も拭いたけど、風呂はもうちょい体力が回復してからだな」
「ていうか、なんでそんな詳しいんですか。俺めっちゃあたふたしたのに」
「俺も昔仕事帰りにこんな状態の猫拾ったこと何度かあるのよ。まぁ…全部弱りすぎて死んじゃったけど。飼えないからって捨てんなよってな」
一通り飲んで満足したのか、仔猫はパンパンの腹を見せながら寝始めた。寝てる仔猫を起こさないように、いつの間にか用意してあった毛布の切れ端が敷き詰められた箱の中にそっと置いた。よく見るとお湯の入ったペットボトルとハンカチでくるんだホッカイロも置いてある。
(本当、用意周到…すげえ…)
アキラさんも風呂入って、酒を少し飲んで…落ち着いた頃、切り出した。
「本当に、ご迷惑おかけしてすいませんでした…」
「ん?全然いーよ?猫好きだし。それにマサキにはこの前お世話になりましたから。笑」
「…なんか、俺感動しました。アキラさん、本当に優しいんですね。正直ホストってビジネス的な優しさとかなんだと思ってました。すいません」
「えー?優しいのはマサキじゃない?」
「え?」
「だって、こいつの兄弟達だけ置いてけないって思ったんだろ?もう死んじゃってるけど…。それってすげー優しいと思うよ」
ニコニコ笑いながら指摘されて、またなんか鼻のあたりが熱くなってきた。アキラさんの優しさに耐えきれなくなって、なんか昔話をしてしまった。
「なんか、兄弟の側で鳴いてるこいつ見て、自分と被ったっていうか…」
「マサキと?」
「あー…俺、昔、親から虐待されてたんですよ…」
語り出した、俺の話をアキラさんは、いつもと違う真剣な顔で聞いてくれた。
「母親とその彼氏から、毎日殴られて、ガキの頃は飯も3日に1回みたいな?今でもその頃の傷とかアザとか体に残ってるし。小中学校は給食でなんとか生きてた所あって。風呂にもあんまり入れてもらえなかったから、学校でも臭い臭い言われて…」
「…そういうの、児童相談所とか、見にきたりするもんじゃないの?」
「来てましたけど、まぁ…見える傷隠されて…、笑顔で大丈夫ですって言いなさいって言われて…まぁ子どもなんで、従うしかないですよね…。死なない程度に生かされてたって感じです」
普段はこんな気を使わせるような話、絶対しないけど。酒が少し入ってるのと、なんかその時はすごい弱ってたんだと思う。なんかうんちまみれの仔猫を笑顔で受け入れたこの人にだったら…。て。
「小さい頃から母親と彼氏がヤッてる姿も目の前で見せられて…元々女の体に興味なかったのが、それでがっつりダメになって。中学卒業してすぐに、中学の時、援交してたおじさんに養ってもらって…。そのおじさんに、マスターの店に連れて来てもらってから、マスターが働く場所作ってくれて…アパートも借りてくれて…」
今思えば酒も入ってなかったのによく、ペラペラ喋れたと思う。本当はずっと誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
「…なんか一生懸命、兄弟の側で鳴いてるこいつ見て…寒いし、お腹すいてるのに…兄弟が死んでいく中、箱の中で…こいつはどんな想いで居たのかなって、思ったら、見捨てらんなかった…」
そんな感じのことを、アキラさんの顔も見らずにペラペラ喋ってた時…
「ずびっ」
(ずび?)
鼻を盛大にすする音が聞こえたかと思ってアキラさんの顔を見たら、大人の男にあるまじき大号泣。
(本当にこの人ホストか?)
「え!?なんでアキラさんが泣いてんですか!!」
「…だって…、マサキ…頑張ったんだなぁ…て。マサキが生きてて…良かったなぁと思ったら、なんか泣けてきた…」
アキラさんがあまりにも大号泣過ぎて、ちょっと俺はプチパニック。
「いや、もう昔の話ですから!今は全然大丈夫ですから!」
慌てながら、なだめると、アキラさんが俺の頭を思いっきりぐりぐり撫でてきた。ちょっと、ドキッとしたけど号泣で鼻水少し垂れてる顔を見て、ちょっと笑いそうになってしまった。
「俺は、お前がちゃんと生きることを選んでくれて嬉しい…。生きようって頑張ったんだろ?この猫も一緒だよ。生きたいって頑張って叫んだから、お前に見つけてもらえた。死にたくなるくらい辛くなることもいっぱいあったと思う…俺には想像も出来ないくらい…それでも、お前が生きたいって思って、今、生きててくれて…本当良かったなぁって思ったら…やっべ、止まんね…」
なりふり構わず、そんな恥ずかしいことを言ってきたアキラさんに、俺も少し泣いてしまった。(ほんの少しね。ばれないようにね)
引くぐらいの大号泣するアキラさんを見て、昔すごい腹減ってへばってる時に、ヤッてる最中の母親と目があったのを思い出した。少しだけでも期待を込めて、お母さん、お腹すいた。って言った。まぁ、母親は答えてくれずに、彼氏にうるさいって蹴られて、それからは何も言えなくなったけど…。
猫を拾ったのは、必死に鳴いてる猫の声を無視したら、あの時の母親と同じになってしまう気がしたからかもしれないなぁ…とぼんやり思った。
アキラさんに言われたみたいに、死にたいなんて思ったこと何度もある。でも死ねなかった。給食のパンの余ったやつを持って帰って、トイレットペーパの棚に隠して、お腹がすいたら、夜中こっそり食べたりもした。俺はそれをずっと恥ずかしいと思ってた。母親にさえ死ねって言われてたのに、死ぬ勇気も無く生きることにしがみついた自分が嫌いだった。
だから、アキラさんに生きててくれて良かったって言われて、本当に嬉しかった。やっと、自分の声を聞いてもらえたみたいな…。もう、ダメだった。親にも愛してもらえなかった俺の為に泣いてくれるアキラさんを…ノンケとか、そんなの何のストッパーにもならないくらい、好きになってしまってた。
「アキラさん」
「ん?どうした??」
「好きです」
可能性とか、そんなの頭で考えられなかった。気づいたら声に出してた。でも、言った後に襲って来た後悔で、一瞬で現実に戻った。
アキラさんは、驚いた顔の後、すごく困った顔で、じっと俺を見てた。