「今日、うちで飲みませんか?」
それはまたしても突然のお誘いだった。
「え?」
「あ、何か用事あります?」
明智君のちょっとへこみかけたその顔に、一瞬戸惑ってしまった俺は急いで首を振った。
「うっしゃー!」
ガッツポーズをして喜ぶ明智君に、もしかして……?とまたもや淡い期待が沸き起こりそうだったが、「それはない、彼はノンケだ!」そう自分に言い聞かせながら彼の家へと向かった。
……。
新宿からまた電車で移動して大体30分くらい。
荻窪駅からしばらく歩いたところのどこにでもあるアパートだった。
「うちの部屋狭いんですけど……」
そう言って照れくさそうに案内してくれたその部屋は、6畳くらいのこれまた普通の学生らしい部屋。
窓際のパイプベッド、中央には小さなテーブルがあって、その前の壁際にはラックとテレビ。
本棚が部屋の隅にあり、参考書やら漫画が雑多に並んでいた。
クローゼットに貼られたポスターは最近のミュージシャンだろうか。
俺にはわからないやつだった。
「あんま見ないでくださいよー!」
すこし散らかった服などを整理しながら明智君は言ってきた。
俺はちょっとした悪戯心が芽生えて、
「いやー、いい部屋だなと思って……。エロ本は、ここかな?」
そう言いながらベッドの下を覗き込むと、
「ちょ!そんなとこにはないっすよ!」
と、慌てて俺を制止してきた。
そんなところってことは別のところか、などとツッコもうとしながら覗き込んだそこには、無造作に脱ぎ捨てられた下着があった。
片づけを手伝う感じで何気なくそれを取ると、俺の手がぴたっと止まった。
「これ……?」
見ればそれは、とてもとてもセクシーなパンツだった。
よくゲイサイトの広告なんかで見かける、スポーツタイプのブリーフ……。
「あ!!」
慌てて聞こえた瞬間それは明智君によって奪われ、他の洗濯物と一緒に隠された。
顔を見ると、ちょっと赤くなっている。
「こ、これはその……。履きやすくてつい……」
「ふ、ふーん」
俺と彼の間にちょっと気まずい空気が流れ、それを打ち破るように笑いながら、
「いや!やっぱり派手すぎたんで学校に履いてくのも恥ずかしくって!
夜中に脱いだまま見ないなぁと思ったら、そんなとこに転がってたんすねー!」
あははは、と乾いた笑いを浮かべながら、彼は玄関脇の洗面所へと入っていった。
「い、良いんじゃない!
やっぱスポーツマンだし、そういうの確かに動きやすそう」
一瞬、パンツも脱ぎ捨て全裸で寝ている彼の姿が頭をよぎったが、
急いで振り切って、俺も精一杯のフォローを入れておく。
「で、ですよね!センパイにもお勧めですよ、マジで!」
と洗面所からひょっこり顔をのぞかせて言ってくる。
(よかった、いつもの調子だ……)
このとき俺は取り戻せた和やかな空気に気が緩んで、後で考えるととんでもないことを言ってしまった。
「じゃあ、せっかくだから明智君が履いたところ見せてよ?」
それはとても軽はずみに、冗談として言ったつもりだった。
ところが彼は、思わぬ行動をとってきた。
「え?うーん、まぁセンパイの頼みなら……」
そう言って彼は奥からそのパンツを履いて出てきたのだ。
「どう、っすかね?」
鼻の頭をぽりぽりとかきながら、俺の前に姿を現す。
なぜか上半身裸でパンツ一枚。
いくらなんでも刺激が強すぎて、俺の頭は真っ白になった。
「え!?あっ……う、うん……」
そういいながら、中央にあるふくらみを思わず凝視する。
そのふくらみの持ち主である彼の肉体は、スポーツをやっているに相応しいとても綺麗なものだった。
男らしく自然な胸板に割れた腹筋、腰のくびれからスラリと伸びる脚に思わず喉が鳴る。
「か、カッコいいね!」
俺はよくわからないままにそういうと、彼は照れくさそうに笑った。
「ここが普通のボクサータイプとは作りが違ってて……」
などと、太ももの付け根辺りをアピールしながら説明する彼の言葉は、
俺の耳の右から入って左から抜けていく。
「触りたい……」
ぼそりと呟いたその言葉に、彼は「え?」と聞き返してきた。
ハッ!と我に返った俺は、
「え!?いや!なんか生地とかもいい感じだなー!って思ってさ!」
慌てていうと、あぁ!と変に納得した彼は俺に近づいてくる。
(ち、近い近いッ!)
俺は心臓がバクバク鳴りながらも平静を装うのに必死だった。
「この素材、伸縮性とか通気性とかも確かに良いんすよねー!」
(お前は無防備かっ!)
とツッコミたくなったが、彼の言われるがまま、そして己の本能のままにパンツの端を触る。
「ほ、ほんとだー」
ほぼ棒読みに近い感じで俺は感想を言った。
すると彼は、
「……なんか、これめっちゃエロイ感じですね?」
と言いながら、俺の肩に両手を乗せてきた。
その瞬間、俺の心臓は破裂したかと思った。
「っ……!?」
突然の展開に何も返せないでいると、そのまま彼がスーっと俺を抱き寄せ、
彼の男らしいカラダの温もりと汗と制汗剤の混じったほのかな香りが鼻をくすぐる。
そして、その股間がぐいっと俺の……、
「なーんてね!」
身構えて思わずぎゅっと目を瞑った瞬間、気配はパッと俺から離れた。
「センパイ、こわばりすぎ!あはははは!」
腹を抱えて笑っている目の前の彼に一瞬フリーズし、そのあとすぐに恥ずかしさと怒りがこみ上げてきた俺は思わず蹴り飛ばした。
ぎゃぁ!という悲鳴とともに洗面所へと引っ込む彼に一言、
「最低なギャグだな!」
そう冷たく言い放った。
「す、すみませんでしたぁ……」
と腹を摩りながら謝る彼を睨み付けると、彼はひっと怯む。
「お詫びにあとでマッサージしますから!」
えへへ、と笑いながらその手つきは妙にいやらしい。
俺は怒り収まらぬ状態で、彼にされた復讐心でいっぱいになった。