「ただいまー」
家に帰ると、同居人の松下がベッドに寝転んでいた。
「あ、おかえりー」
俺と松下は1年前から一緒に暮らしている。
広めのワンルームに二段ベッドを置いて、上手いことシェアしていた。
とはいえ別にそんな関係でもないし、俺はカミングアウトしてるわけでもない。
ただ、松下のほうはというと、ある日突然自分から同性愛者であることを俺に告げてきた。
そのときの衝撃は今でも忘れらない。
それでも松下とはなんとなく気が合ったし、ゲイだなんだといって距離を置こうとは思わなかった。
むしろ俺自身、同性愛者なのだから。
向こうも気づいてるのか否かは定かではないが、きっと何らかの予想を立ててのことだったんだと思う。
そのとき勢いで自分もそうだと告げようかとも思った。
でもそれはそれで怖かったから止めておいた。
何が怖いのかと聞かれればそれは一つだけではなかったし、一番は自分で自分の性癖を認めてしまうことだった。
今まで一度も誰かを好きになったことがない人生。
いや、好きになったのかもしれないけど、ことごとく無かったことにしてきた。
そして一言で言ってしまえば、人間不信。
本当は寂しがりやのくせに、誰も信用できない面倒くさい自分。
「はー、しんどい」
俺は二段ベッドの上に外着を無造作に引っ掛け、部屋着へと着替えた。
「どしたの?」
ベッドから起き上がって俺を見てくる。
身長も160cmくらししかない小柄できょとんとした顔立ちは、何かの小動物と似てて可愛らしい。
まぁ、自分の好みのタイプではなかったが……。
「あぁ……」
俺は別に隠すことでもないと思ったし、なんとなく吐き出したくて起こったことを話し出した。
「すごい展開じゃん!!」
一通り話し終えての第一声。
松下は目をキラキラさせていた。
「な、なんだよいきなり……」
「だって、二人のイケメンが健太を取り合ってるんでしょ!?いいなー!
俺もそんな状況に置かれたいっ!」
枕をぎゅっと抱きしめて乙女顔負けに一人で盛り上がっている松下を尻目に、俺はため息を付いた。
「そんなんじゃないって。からかわれてるだけだよ」
なんとなく居心地の悪い俺は、狭いキッチンへ移動してお茶を淹れた。
あ、俺にも。なんて便乗しながら、ベッドでごろごろ転がっている。
「ねーねー、連絡先とか交換しなかったの?」
「するわけねーだろ、合コンで。男同士なんか、気持ち悪い」
ふーんと言いながら、俺の淹れたお茶をすすっている。
「あ。ごめん、そう意味じゃ……」
俺は言ったあとに失言だったことに気付いてしまった。
「うん?あぁ、別に分かってるよ」
松下の表情は変わらない。
たまに何を考えてるか分からないときがある。
ポーカーフェイス。
前に聞いたらそれは自分の性癖から来る癖だと、
そんなことを言っていた気がするが、今まさにそうだった。
しばしの無言。
「ま、この話はこれでおしまい」
「えー!」
不満全開で俺を見てくるが、そんなことお構いなしに話を中断した。
何か変な展開になりそうで怖かった。
ふと携帯を見ると、着歴が一件。
「げっ……」
思わず声が出た。
相手は幼馴染のアイツ。
いや、このタイミングならアイツしかいない。
「喜一君?」
松下が聞いてくる。
そして、ニヤリとして一言。
「ラブコールを無視するなんて酷いなぁ、すぐにでも掛け……」
「だまれ」
最後まで聞かずに遮る。
どいつもこいつも、俺の気も知らないで。
こんなとき、ふと頭をよぎる。
こいつみたいに認めたら、楽なんだろうか。
もやもやするこの何かが全部、晴れるんだろうか。
でも、怖い。そんなの怖すぎる。
いつもこの繰り返し。
俺は携帯を放って、二段ベッドへと横たわった。
「あれ?寝るの?」
松下の問いに、気のない返事をして目を瞑る。
……。
その夜、変な夢を見た。
二人の男から責められている夢。
一人からは後ろから抱きかかえられて、もう一人は前から俺のアソコを弄っている。
まるでいつか見たAVみたいだ。
「あっ……」
妙にリアルな感触だった。
自分で触ってるよりもっと気持ちいい。
「んっ……ダメ、やめっ……」
言葉が途切れる。夢だと分かっているのに。
目覚めたい気持ちと、そうでない気持ちが交錯する。
ぼんやりとした男の顔。
誰だかはわからないけど、結構カッコいい。
男の顔が俺の顔に迫ってくる。
そして口元で一言。
「こうされたかったんだろ……?」
――ッ!?
そこで一気に現実へと引き戻された。
時計は朝の5時。気分は最悪。
「……あっ」
下着、は大丈夫だった。
が、俺のアソコはもう暴発寸前だった。
この歳で夢精はさすがに恥ずかしい。
俺は急いでトイレに駆け込んだ。