「二階が小部屋だらけのフロアで、クルージングスペースっていうんですよ」
「そこでみんなが、思い思いに相手を誘って、小部屋で楽しむ寸法です」
倶楽部の最寄駅のトイレで私服に着替えながら、天六の言葉を思い出す。
着替え終わると、改札のコインロッカーに荷物を押し込み、財布と携帯だけ持って駅を出る。
道がてら、天六の勧めにしたがって、ポータルの同性愛者用伝言板に、携帯からメッセージを入れておく。
「今夜8時ぐらいから、カクテル倶楽部に若ウケ行かせます。左手にブレスレットつけてますので、タチさん使ってあげてください」
折角なので、普段の一人でする時に浮かべる妄想を織り込む。今夜の自分は、男達に抱かれるノルマを課された肉便器だ。
退勤時間でサラリーマンが多い駅前を離れ、裏路地に入ると、目当てのビルはすぐに見つかった。但し、看板などは出ておらず、倶楽部のあるフロアの表示は空欄だった。
(騙されたかな)
落胆する傍ら、どこか安堵した心地で、時彦は階段を上る。
事務所やバー、質屋を横目に見ながら、顔を伏せて階段を上っていくと、5階で階段は終わっていた。
そしてそこには、「カクテル倶楽部」と印字されたプリントが貼られた、無機質なドアがあった。
(ここが……)
それを目にして、時彦は急に緊張を感じた。心臓が脈打ち、口が乾く。ドアにはプリントの他になんの案内もなく、中からはくぐもった音楽が聞こえるばかりで、様子を伺い知ることはできない。
(入っていいのかな?)
閉ざされたドアに軽く指を当ててノックする。が、応答はない。再び強くノックするが、やはり応答はない。
このまま帰ろうか。そう思った時、下から足音が聞こえた。
(!?)
不意の足音に、時彦は咄嗟にドアを開けて中に入ってしまった。
クーラーの湿った風と、安っぽいアロマの香りが時彦を出迎えた。
一畳ほどのエントランスには、傘立てと小さな受付窓があり、その奥はブラックライトで照らされた衝立と座椅子が見えた。
「いらっしゃいませ」
受付から、小太りで丸顔の男が声をかける。
「あ、はい」
消え入りそうな声で返事をして、受付に向かう。
「あ、あの、初めて、なんですけれども……」
時彦がそう言うと、男はああ、と頷いて、タオルと手拭いのようなものがたくさん入った籠をカウンターに出した。
「今日は木曜でヤリモクの日ですね。今だとドリンク有り1800円と、無しの1500円とありますけど」
「えっと、じゃあ、ありで」
「はい。今日は基本的に飲み物の受付だけですので、中でお楽しみください。褌はお持ちですか?」
「え、褌? あの、持って、ないです」
天六の言っていたウェアとはこの事だったのか。以前知り合った男にうけがよかった、ピンクのボクサーを履いてきたのだが、ここのドレスコードにはそぐわないらしい。
「それなら簡単な奴がレンタルありますんで、これを中で着てください。脱いだ服や靴は、ロッカーがあるんでその中へどうぞ」
男はそう言うと、籠と料金皿を突き出した。時彦は料金を皿に出し、レンタルだというそれを一つ受け取った。
「飲み物は中のカウンターで注文してください。上のフロアがクルージングスペースになっています」
ごゆっくりどうぞ、と鍵を渡してそういうなり、男は奥に引き下がった。