「ヤバい……癖になるかも」
雑居ビルの狭い階段を降りながら、一人呟く。
「カクテル倶楽部?」
チャットの中では、参加者の一人が盛んにそこでの体験談を語っている。
時彦が参加しているのは、とあるポータルのチャットルームで、今夜も十人近いメンバーがそれぞれ好き勝手に話している。
その中でも、六天と名乗る常連が、今夜の話の中心だった。話題は「カクテル倶楽部」の感想について。
「いやー、最初は狭苦しいちんけな飲み屋かと思ったんですが、2フロア構成でなかなか……」
「ウェアのレンタルもやってました。一応シャワールームもあるし、おしぼりや嗽薬も備えてありましたから、跡を残さず帰れますよ♪」
「毎日イベントが設定されてますけど、初めてならお勧めは木曜ですね!特に夜8時以降!」
文章越しにも、六天が楽しんできたがよく判った。現に、他の参加者達からの質問にも、愛想よく答えて回っている。
時彦もまた、六天に向けてキーを叩く。
「面白そうですね。何処にあるんですか?」
時彦の質問に、間髪入れず応答があった。
最寄り駅から倶楽部までの地図や、中での決まり事など、六天は細かく教えてくれた。
それらを携帯にまとめて写すと、時彦は明日の学校に備えて、ログアウトした。
「整列、礼!解散!」
時彦の掛け声に合わせて、部員達が帰り支度を始める。
バスケ部でキャプテンを務める時彦は、顧問がいない時に限り、こうして練習後のミーティングを取り仕切っていた。
顧問がいないと、練習時間が切り上げられてしまうので、表は普段に比べて、まだ明るい。
部員達は普段より早い帰りに、どこへ寄り道するか、話し合っている者もいる。
「キャプテンもカラオケどうすか? 女バスと一緒に来ますよ」
部員の一人が声をかけてくるが、時彦は黙って笑顔で手を振る。時彦も寄るところがあるのだ。カクテル倶楽部へ。
「えー!行きましょうよ、女バスはキャプテン待ちですよ!」
「悪い、ちょっと用があるんだ。今度誘ってくれ」
よくある誘いだった。時彦自身、顔立ちは悪くないと思っている。少し線が細いが、バスケのおかげで精悍とも言える。体格も肩幅がもう少し欲しいところだが、しなやかに鍛えられていて、見苦しくはない。
そんななりだから、女子から手紙を受け取ることもよくあった。しかし、時彦は全て断っていた。
何故なら、時彦はゲイだから。
恋愛感情がないわけではなかった。女子と遊んだりするのは楽しいと思う。
ただ、一人で自分を慰める時に思い浮かべるのは、いつも組み敷かれる自分の姿だ。
実を言えば、これまでに行きずりの年上相手に、体を重ねたことはあった。
しかし、どの相手も自分を恋愛対象に見て、丁寧に扱ってきた。それが時彦には不満だった。
時彦は犯されたかった。それも複数の相手に、粗雑に扱われ、性具のように弄ばれたかった。
勿論、周囲には秘密である。誰かにばれることがないよう、今日の財布の中には、学生証などの身分を示すものは入れておらず、倶楽部の入場料と電子マネーだけにしておいた。
学校を出ると、時彦は天六の案内を見ながら、帰り道とは逆の電車に乗った。
これから乗り込むのは、「カクテル倶楽部」という「発展場」だ。
男達が、一夜の相手を求めて集まる盛り場に、時彦は初めて足を踏み入れようとしている。