軽やかにジャズが流れる店内。
カウンター席ではなく、一番奥にあるテーブル席に座った。
「春さんは何飲みますか?」
聞きながら、俺がよく見えるようにメニューを広げてくれた。
慶一君にはこういったさりげない優しさがある。
「んー……モカにしようかな」
メニューにはコーヒーだけでも色々な種類があった。
大人ですね、なんて笑いながら慶一君もメニューを一緒に眺めている。
ふと見上げると顔が近く、形の良い唇に目が止まった。
キュッと引き締まった、大きすぎず小さすぎず、バランスの良い肉厚。
これに愛無されると何とも言えない快感に襲われる。
(……やば、思い出しそう)
俺があらぬ妄想に浸っていると、
「んー……」
彼は顎に手を当てて唸りだした。
その姿はまるで、骨董品でも鑑定しているじいさんだ。
「何そんなに唸ってるの?」
たかがメニューに真剣な表情で見つめる彼の姿がおかしくて、俺はつい笑ってしまった。
「え?いや、だって……」
急に焦りだした姿を不思議に思っていると、彼の知り合いであった店員の彼女が近づいてきた。
「メニューはお決まりですか?」
見事な笑顔。やはり、ただの良い接客の枠を超えているように感じた。
そんな分析をしてしまう嫌な自分を追い払うかのように、
「あ、ホットコーヒーのモカを一つお願いします。あとは……」
と言って慶一君を見ると、更にあわあわしていた。
まったく、男前のくせに可愛らしい。
「かしこまりました。慶一君はいつもの?」
「え!?あ、あぁ……うん、じゃあそれで」
恵一君の動きが動きが、一瞬止まったかと思うと何かを諦めたのかそう答えた。
ふふっと笑ってお決まりの挨拶をしながら、彼女はキッチンへと下がっていった。
「いつもの?」
俺は気になって聞いてみると、えぇ、まぁ。とはにかみながら誤魔化してきた。
俺の内で、何か嫌なものが流れた。
意識的にではないのは分かっているけど、俺の知らない世界を見せつけられたようで……。
少しして、シルバーのトレイに飲み物が乗せられ運ばれてきた。
「お待たせしました。こちらモカでございます。あと、こちらが……」
……クリームソーダだった。
透き通った緑の炭酸の上にバニラが乗って、真っ赤なチェリーが可愛らしく添えられている。
一見美味しそうであり、身体に悪そうな……。
「ごゆっくりどうぞ」
運んできてくれた彼女にはなんてことない、いつもの光景だったのだろう。
柔らかな笑みを浮かべて立ち去った。
「メロンソーダ、ねぇ……」
俺は炭酸がはじけるそのグラスを見つめながら、ぼそりと呟いた。
「……」
続いて彼を見ると、「うっ」と言って恥ずかしそうに固まった。
「……ぶっ、くくくっ」
「な、なんで笑うんですか!」
俺は失礼ながらこみ上げてきた笑いを堪えることができなかった。
「ごめんごめん!なんか、イメージになかったからつい!」
「い、イメージって!」
彼は口を尖らせて聞いてくる。
「い、いや、男前だからさ!
なんかこう、もっと落ち着いたものかと思って……」
あはは、と笑いながら思ったことを言うと、膨れながらストローをぶっ刺している。
「いや、ごめん!何飲んだっていいし、俺も好きだよ、クリームソーダ!」
焦ってフォローすると、彼は表情をころっと変えて、
「ホントッすか!?俺小さいときからずっと憧れてたんですけど、親が厳しくて……。なので一人のときはつい」
と恥ずかしそうに嬉しそうに飲み始める。
ストローをくわえ、男らしく突き出た喉仏がこくりと動く。
続けて飾りつけのチェリーを食べる、彼のその口元が妙にエロかった。
……。
しばらく談笑していると、いつの間にかすっかり日がくれていた。
会計を済ませて、店内を出た。
彼女は空気を読んだのか、あれから特に絡んでくることはなかったが、去り際の笑顔ながらどこか寂しそうな目で、
「お二人は凄く仲が良いんですね。恵一君、いつも一人で来るのに珍しいなぁって思ってたんですが」
そう言ってきた彼女に、どこか胸がざわついた。
……。
歩きながら、どこか行く?と彼に聞くと、彼は突然グッと俺の手を握ってきた。
彼の手のひらから伝わる体温が熱く感じた。
「もう、限界です!帰りましょう」
彼のいつもとはちょっと違う鋭い眼差しの一言に、無言で頷くことしかできなかった。
俺はその言葉に、この後することは一つしかないことを悟った。