最悪だ……。
俺は服を着て、リビングのソファに座り込み頭を抱えていた。
あんな姿で先輩をひかせてしまった。
考えたくはないが、もしもこれが学校中に知れ渡ったら……。
人生の全てが終わってしまったように思えた。
「おいっ」
呼びかけてきたその声に身体が強張った。
先輩もいつの間にか風呂から上がっていたらしい。
しかし、顔をあげることが出来ない。
「なに、たかがあんなことで落ち込んでんだよ」
先輩は明るく励ますように言ってきた。
「……え?」
先輩のその言葉に顔を上げると、ちょっと困ったようにしてこっちを見ていた。
「悪かった……。あんな姿見られたら恥ずかしいよな。なんつーか、その……」
言葉が上手く出てこないみたいだが、決して気持ち悪いとかそういったネガティブな類のことを
感じている様子はなかった。
「い、いえ……。俺こそ、すみません。気持ち悪いですよね、あんな」
「いやいや、普通だって!あんなんされたら健全男子は反応するって!」
必死に取り繕ってくる先輩に、本心かどうかはわからないが少し安心した。
「合宿のときなんて、みんな笑って流すんだけどさ……。
ごめんな、お前はもうちょい繊細だったていうか、なんていうか。
変なことしないって言ったのにな……」
涙が出た。
そんなに気を使ってくれるとは思わなかった。
いや、もっと下衆なことばかり考えていた自分が、本当に情けなくて申し訳なくて……。
「おいっ!ちょ、ちょっと!マジでごめん!」
そんな俺の姿を見て何を勘違いしたのか、先輩は一人で慌てていた。
謝るのは俺のほうなのに、でも、やっぱり正直に言うことはできなかった。
先輩のことが好きです、とは。
「泣き止めって!わかった、何でも言うこと聞くから!な!」
先輩は俺の肩をゆすって覗き込んでくる。
申し訳ないと思う気持ちはあったが、そんな姿に俺は思わず噴出してしまった。
「ぷっ…ふふふ」
「……?」
先輩は顔をくしゃっとさせて、心配そうに俺を見ている。
せっかくの男前な顔が台無しだ。
あははははと笑うと、そんな自分に逆切れするどころか本気で安心していた。
「おまえーなー!」
そういって冗談交じりで頭を小突いてくる。
「だって、先輩が……あ、あまりにも情けない顔するから、つい……」
「お前が落ち込んでるからだろ!」
肩で息をしながら堪えて言う。
先輩はちょっと恥ずかしそうにしながら笑っている。
「さて、飯にしますかー!」
いつまでも引きずってたってしょうがない。
この空気にしたのは自分だし、自分でなんとかしようと、
俺は気持ちを切り替えて立ち上がり、キッチンへと向かおうとした。
「お、おぅ!俺は何すれば良い?何でも言うこと聞くよ?」
俺は先輩のその言葉にニヤリと笑って、
「別にいいです。あとでもっと、飛びっきりのこと命令しますから」
そういうと先輩は、えー!と不満そうに言いながら俺のあとを着いてきた。
キッチンを調べると、ご飯は炊かれていた。
なので、味噌汁と野菜炒めを適当に作ることにした。
エプロンをつけ手際よく準備している俺の姿に、先輩は一人感心している様だった。
「すげぇな、料理できるんだ」
「簡単なやつなら、わりと作る機会が多いんで」
料理は嫌いではなかった。
親が働いていて家にいないときは自然と自分で作るようになっていたし、
取り立てて特別なことではなかったのだ。
「良い嫁になれるな」
なんて軽々しく楽しげに冗談を言う先輩に、心が少し痛んだ。
「そうですねー」
軽く流す俺に、先輩は気づいていない。
いや、気づくわけがない。先輩はあくまでノンケってやつだと思った。