自分がこっちの性癖だと気づいたのは、高校のときだった。
いや、もっと前からそうだったのかもしれないが、なんとなく気づかないふりをしてきたんだと思う。
あれは自分が高校に入学してから初めての夏。
当時、どこの部にも所属してなかった自分は、放課後はもっぱら図書室で時間を使っていた。
2階にあった図書室からは、グラウンドが良く見えた。
そこから見えたサッカー部の先輩に、俺は一目で恋に落ちたのだった。
必死にボールを追いかけ、相手とぶつかり合う勇ましい姿。
全身から流れるような汗が、日に焼けて鍛えられた肌に良く映えている。
子供っぽさがなくなって一気に大人になっていく何ともいえない色気に、一人勝手にドキドキした。
その人もチャラいイメージではなく、短くすっきりと纏まった髪に屈託の無い笑顔で爽やか好青年タイプ。
それでいて部活以外で誰かと話している姿は、実に優しそうだった。
思えば、こんな人ばかりを好きになっていたような気がする。
そんな一方的に知っているだけの関係だったある日。
何気なく図書室近くのトイレで用を足そうしたとき、先客が居ると思ったら、なんと憧れのその先輩だった。
たしかに各学年ごとに設置されているのとは違い、誰でも使う機会がある場所だっただけに不自然ではなかったのだが、まさか本人が居るとは思わず一人固まっていると、
「こっち、空いてるけど?」
先輩は二つしかない小便器の奥をあごで指し示してくれた。
「あ、は、はい……」
「あぁ、ごめんごめん。俺がいるから遠慮してんのか」
笑いながら上下に少し揺れている姿に、男のモノを想像してしまった自分は思わず赤面した。
「はい、お待たせ」
そう言って蛇口で手を洗っている先輩に、
「あ、ありがとうございます」
としか言えず、そそくさと奥に移動した。
すると先輩はこっちをしばらく見て、何かを思い立ったように、
「あれ?どっかで会わなかったっけ?」
と言って来た。
いやいや、初めてですよ!まぁ、一方的にずっと見てましたけどね!
と思わず突っ込みたかったが、まともに直視もできず、
「い、いや、気のせいだと思いますが……」
としか返すことができない。
先輩はそうかなぁと、どこか腑に落ちない様子だったがやっぱり言えなかった。
見てたなんて知られたら、気持ち悪いと思われるだけだ。
先輩のほうを横目でチラリと見ると、部活の休憩中だったのかサッカーの練習用ユニフォームを着ていて、顔や腕を水につけて、気持ちいいと言いながら恍惚の表情をしていた。
半そでを肩まで巻くりあげ、顔についた水を拭うのに腹の裾をめくっていたため、綺麗に割れた腹筋が丸見えだった。
(――っ…)
そんな姿に俺は、思わず元気になってしまった。
先輩はしばらく水と戯れていると、突然くくっと笑って、
「長いな、お前」
といって、またこっちを見てきた。
笑った顔もかっこよくて、俺は慌てて仕舞うと先輩は何がツボだったのか、あははと豪快に笑っていた。
「なんか面白いな。名前は?」
「えっ……?お、岡田春です。一年です」
と少しどもりながら言うと、
「見れば分かるわ!」
と突っ込まれ、また笑っていた。
楽しそうな先輩の姿が、何だかとても嬉しかった。
「やっべ、時間だわ!またな、岡田!」
そう言って颯爽と去っていった名も知らぬ先輩。
汗と制汗スプレーの匂いがまざった先輩の良い匂いが、去り際に起こった風に乗って自分の鼻をくすぐった。
この時はまさか、この場所であんなことになるとは、思いもしなかった。