定食屋のイケメン店員こと、平田慶一君と付き合うことになってから、
自然と彼の部屋へ行く機会が増えた。
自分の仕事が終わったあとに一度自宅へ戻って準備をして、
彼の定食屋のバイトが終わるころに向かって落ち合う。
家では夜も遅いから特に何をするってわけでもなく、
腹が減ってれば互いに何かを作りあったり、
ゲームをしたりテレビを観たり、色々と話をしたり。
そう、あれから一度たりともセックスはしていなかった。
「ねぇ、春さん。これ面白そうじゃないですか?」
言いながら彼がどこぞの情報雑誌を広げて指を刺す。
見れば、今テレビCMでもガンガン流れているラブロマンス映画だ。
「ん〜、そうだねぇ……」
俺はあまり気乗りしない返事で返す。
「なんかキュンとしそうじゃないですか」
「でも、男同士で観るにはちょっとね」
「そうっすかねー」
そう言って、あまり腑に落ちない感じで再び雑誌を眺めはじめた。
俺はたいして面白くも無いテレビに目を向けながら、お茶をすする。
付き合い始めて一週間、すでに末期のような空間だ。
「あの!」
雑誌がぱたんと閉じられると同時だった。
「俺のこと、好きですか?」
「んぐ……っ!」
危うくお茶を吐きだすところだった。
俺は落ち着きを取り戻そうと何度か咳き込んだ。
「ず、ずいぶんいきなりだね」
「だって、アレからもう一週間ですよ!」
ベッドを見ながらそう言われると、正直恥ずかしい。
「だ、だから何」
「限界です」
そう言い放つと彼は、ジーッと俺のことを見てくる。
まるで今にも獲物へ飛びかかりそうな肉食動物だ。
俺は慌てて、
「い、いや!ちょっと待った!」
と言って後ずさる。
「なんでですか、ほら、俺もうこんなんですよ!」
視線の先には隆々と持ち上がった彼の股間。
言いながら、彼はTシャツを脱ぎ始めると、
鍛えられた美味しそうな上半身が露になる。
彼の爽やかイケメンフェイスとセットでみると、破壊力が抜群すぎる。
(俺はあの体に……)
ごくっ。と唾を飲み込むが、やはり気が乗らない。
正直なところ、不安だった。不安だらけだった。
なんで、俺なんかと付き合うことになったのか。
俺のどこが好きなのか、こんなどこにでもいるような男なのに。
そもそも彼はノンケじゃなかったのか。
このルックスと性格で、女の子にモテないわけがない。
あの時のなりゆき?責任?
そもそも何でキスしてきたんだ、練習じゃなかったのか。
やっぱり、ただ、なんとなく気持ちよかっただけなんじゃ……。
「……」
そんな傍から見たら聞けば済むようなちっぽけなことさえも、聞くことが怖かった。
聞いたら、何もかもが終わってしまいそうな気がしてならなかったのだ。
始まったばかりなのに、もう終わりを考えるネガティブ思考は、
今まで生きてきた経験ゆえの思考だった。
ダメだダメだと思いながらも止まらない。
彼と一緒に居られることは、それほど幸せすぎて、
自分にとって夢のようなことだった。
「もう、さめたくない」
「春、さん……?」
異変に気づいた彼は、心配そうに見つめてくる。
自分は俯いたまま、何も言えなくなってしまった。
世間はちょうど、クリスマスムード真っ只中の頃だった。