彼が戻ってくる前に会計を済ませておき、
いや、払いますよ!と一人焦ってる姿を楽しんだ。
「また今度来たとき、払ってね」
「……は、はい。絶対ですよ!」
何より次につなげるためだから、我ながらずる賢いやつだと思った。
店の外に出ると、予想以上に寒かった。
寒いですねー!と言う彼は自分より頭一つちょっと高い。
来るときは店探しで気づかなかった。
適当に会話しながら歩いていると、心なしか距離が近い気がした。
たまに肩が触れたり、手がぶつかったりして、
彼の温もりが自分の右半身に伝わってくる。
話の内容があまり頭に入ってこない。
「家、こっちのほうですか?送りますよ!」
いつも会っていた彼の定食屋を過ぎたときくらいだった。
「いや、いいよいいよ!」
「そうっすか……。」
彼はちょっと残念そうに言ったと思ったら、
「明日休みなら、うちで飲みませんか?」
良いこと思いついた!と言わんばかりの笑顔でそう提案してきた。
この男、どこまで自分の心を揺さぶるつもりだ……。
「い、良いけど……」
正直、理性が保てるか怖かった。
「よっしゃ!決まり!」
そんな気持ちとは裏腹に彼はぐいっと手を引っ張ってくる。
「ちょ、ちょっ」
彼の大きくてあたたかい手がとても気持ちいい。
「春さんの手、冷たいですねー!」
「ちょっと、変な目で見られるだろ」
焦る自分とは裏腹に、彼は酔っ払ってるのか大胆だ。
「ふふふ、珍しく焦ってる!」
「こ、この!」
笑いあってそんなやり取りをしながら、
途中コンビニで買い物して彼の家へと向かった。
……。
「おじゃましまーす……」
彼はどこにでもある普通の小さなマンションの一室に住んでいた。
部屋の中は男らしく黒や青を基調とした家具類で統一され、綺麗に片付いていた。
「どうぞ、適当にくつろいでください」
「綺麗にしてるんだね」
部屋をぐるりと見渡していると、ちょっと照れたように、
「いや、もしかしたらと思って片付けておいたんですよ」
と言ってきたので、
「はは、俺は彼女かっ」
そう冗談交じりに突っ込むと、彼は笑っていた。
「あ、先にシャワー浴びます?」
「え?あ、じゃあ、そうさせて貰おうかな」
正直さっぱりしたかったから、お言葉に甘えてシャワーを借りた。
部屋は一応、部屋とキッチン、洗面所、トイレが別々になっていた。
「あ、タオルこれ使ってください。
あと着替え…、これ使ってないヤツなんで!」
ずいぶんと用意が良いなぁと思いながらも素直に借りた。
もっと緊張するかと思ったけど、意外とそんなでもなく、
シャワーで汗を流すことに集中していた。
しかし、体を拭こうとタオルに顔をうずめた時だった。
(彼の匂いだ……。)
ドキッとした。
タオルは勿論、借りた上下のグレーのスウェットからもまた、
いつもほのかに香る彼の匂いがした。
一人惚けているとドア越しに、
「どうですか?やっぱ大きいですかね?」
と聞かれ、ハッとしながらドアを開けて大丈夫と礼を言った。
「良かった、じゃあ俺も浴びてきちゃいますね」
そういって入れ替わりで風呂へと入っていった。
部屋で一人座りながら、そわそわと辺りを見回す。
ここで寝てるのかと、ベッドに腰掛けたり、どんな本を読んでるのか見てみたり、
(あ、携帯忘れた……。)
ふと、洗面所に置きっぱなしにしてきたことを忘れていた。
やましい気持ちはありませんよーと心の中で誓いながら取りに向かった。
洗面所のドアをあけると、彼は鼻歌まじりにシャワーを浴びている。
ドキドキしながら洗濯機そばに置いていた携帯を取ろうとした足元に、
さっきの誓いが全てウソになってしまうような代物が目に入った。
彼のさっきまで履いていたボクサーパンツだった。
(や、やばい。これ、さっきまで……)
あらぬ妄想で頭がいっぱいになり、血がめぐって来た。
そのときだった。
「春さん?」
ガラッと開けられた扉から上半身を出してきた彼に、
「うわぁああ!!ご、ごめん!けけけ携帯忘れて!」
慌てて謝って携帯を取って部屋へと戻った。
(あぶなかった。もうちょっとで変態扱いだった……。)
冷静さを取り戻そうとするも、一瞬見えた彼の上半身が頭にこびりついて、
自分の下半身へと血がめぐって来る。
(だ、ダメだ……)
すると、風呂から彼が戻ってきた。
「ふ〜、気持ちよかった〜」
(……っ!?)
見ると彼はバスタオル一枚、腰に巻いただけだった。
妄想でしかなかった彼の美味しそうな体が嫌でも視界に飛び込んでくる。