今更ながら、自分の名前は岡田 春と言う。
春と書いて、しゅん。
全くもっと男らしい名前だったら、こうはなってなかったんじゃないか。
とたまに思う。喫茶店で働く27歳。趣味は散歩。
自分の容姿は可も無く、不可もなく。身長も体重も平均的。
ただ、自分のことがばれるのが嫌で必死になってきたせいか、
良い人、一緒にいて落ち着く、安心するとか言われることが増え、
いわゆる癒し系に入るらしい。
相手に望むタイプは芸能人でいうなら溝端淳平みたいな感じ、
いわゆる面食いだと思う。もちろん性格も重視するから、たちが悪い。
ポジション的にはどっちでもいいから、リバってやつなんだろう。
平田君はまさにジュノンボーイにでも居そうな感じだった……。
待ちに待った約束の日がやってきた。
待ち合わせは定番の新宿アルタ前広場。
時刻は19時を少し過ぎたくらいだった。
「す、すみません!遅れましたっ!」
ちょっと早くついて携帯でテキトウに時間潰していた自分に、
彼は息を切らしながら声を掛けてきた。
「いや、俺もさっき来たところで…って、大丈夫!?
めっちゃ息上がってるけど!」
「あ、はは、ちょっと、走ってきたもんでっ…」
彼は肩で息をしながら、額の汗を袖で拭いた。
私服は今時のカジュアルでかつ落ち着いた印象を与えるもので、
いつもの店の制服のときよりは、大学生らしく見えた。
何より、カッコイイ。息が上がってる姿も、私服も。
「こんな冬にそんな汗かいて……。
あ、風邪ひかないように早くどっか入ろうか!」
我に返りながら、そんな気合の入り過ぎない普通の店を選んだ。
途中、息を整えながら謝ってくる彼が愛くるしかった。
……。
「そんなに急がなくても良かったのに……。あ、何飲む?」
「いや、上がる間際にどっと団体さんが来てしまって…。ビールで!」
店に入って、半個室に通された自分らはそんなやり取りをしながら、
適当に注文をしていった。
彼はお酒は弱いみたいだが、気持ちが開放的になれるんだとかで好きらしい。
自分は好きだけど、飲みすぎて変な失態をおかさないためにいつも抑えるから、
その気持ちはよく分からなかった。
「ありがとう、全然待たされて良かったのに。別に彼女じゃないんだし」
自嘲ぎみにそういうと、
「いや、俺から誘ったんだし待たせるわけには行かないですよ!」
と真剣な眼差しで言ってきた。そんな顔で見つめられるとヤバイ。
適当に笑って流すと、いや〜熱いですねと言いながら、彼は上着を脱いだ。
少し薄手のシャツだったせいか、彼の逞しい身体のラインがよく見えた。
何よりボタンを外した胸元からみえる素肌がとてもエロい。
「今日、俺めっちゃ楽しみにしてたんで!」
「あ、うん。俺も……」
めっちゃ楽しみにしてたんだ!って声を大にして、
ぎゅっと抱きつきたい気持ちをグッと堪えた。
適当に飲み食いしながら色々な話をしていると、
「いや〜、結構緊張しいなんですよね。
でもこんなたくさん話ができて嬉しいです」
と言いながら早いペースで飲んでいく。
「なんで?俺みたいなやつ、どこにでもいるよ」
「いや、正直、なんていうか、良い人だなぁって」
彼はちょっと照れたように、途切れ途切れに言う。
「良い人ねぇ。ドロドロだけど色んな意味で」
「そんなこと!いつも、こう、あったかーい雰囲気っていうか、
笑顔がいいっていうか、もっと知りたくなるっていうか……」
そういって、もう何杯目かわからないビールを飲む。
男らしい喉仏がこくっと動く。
嬉しい気持ちを抑え、適当に笑ってごまかした。
「女の人だったら、俺、惚れてます」
「え?あぁ、そう……」
乾いた笑いしか出なかった。
そう、女だったら。女だったらなんだ。
「あ、あはは。すみません、そんなん言われても嬉しくないっすよね」
ちょっとろれつが回らなくなっている。
そんな姿にちょっとカチンと来て、
「いや、嬉しいよ。俺も好きだし、平田君のこと」
半ばヤケクソぎみに言ってやった。
ふふ、気持ち悪いと思えばいいさ。
「え?本当ですか?いや〜、嬉しいなぁ」
予想とは裏腹にあっけらかんと言ってくる。
敵わない……、今すぐトイレにでも連れこんでメチャクチャしてやりたい。
「そういえば、俺のことあまり名前で呼ばないよね?」
「そ、そんなことは……、ありますけど……」
急に伏目がちになった彼らしくない姿に、自分の中にあるSッ気がうずく。
「じゃあ俺も、これからずっと店員さんって呼ぼうっと」
「いや、それはちょっと!」
「店員さんにとって俺はお客さんだからね〜」
ツンとした態度で、残った酒を飲み干した。
「わ、わかりました!呼びます…。お、岡田さん…」
「えー、下の名前で呼んでよー」
あ、俺よっばらってる。ちょっと大胆になってきた。
「え!あぁ、えーっと、しゅん、さん」
「なんでしょうか、慶・一・くん」
目を見つめて、ちょっと可愛く言ってやった。
我ながら小悪魔チックに。もちろんギャグだ。
なんっすかこのやり取り〜あはは、で終わる程度の。
「や、やば。なんか、あ、熱いっす!
なんだろう、飲みすぎたのかな」
(……え?)
彼は笑いながらトイレに行ってきますと言って席を立った。
顔が真っ赤だった。元々酒に弱いって言ってたけど、まさかな…。
残された自分も一人、溶けた氷で出来た水を飲みほし、
熱くなった体を冷まそうとした。
時計を見ると、午前2時。
店内はすっかりと静かになっていた。
(そろそろ出るか……。)