それから定食屋へと足を運ぶ機会が多くなった。
美味しいものが食べられて、良い店員さんと楽しくお喋りできて、
どこぞのホスト通いみたいになっているがそれはそれで満足と割り切っていた。
あわよくば、という考えはあったが……。
彼、平田君とは色々なことを話した。
趣味から始まり、好きな食べ物や音楽、くだらない事も中心に気づけば
すっかり顔見知りになって、他の店員さんからも覚えられるくらいになっていた。
そんなある日のことだった。
自分がいつもどおり会計を済ませて帰ろうとして、
彼は寒い中、外まで見送りに来てくれた。
「今度、飲みに行きませんか?」
突然のことで、一瞬何のことかと思った。
期待はしてたけど、所詮は客と店員だ。
すべては上っ面の営業トークだと思っていた自分にとって、
嬉しさより戸惑いのほうが大きかった。
「え…っと」
「あ、いきなりですみません!良ければの話だったんですけど」
しかしふと思えば、何一人勝手に意識してんだという話だった。
「あぁ、いやいや!大丈夫だよ全然!」
「え?本当ですか?良かった」
別に男が男に飲みに誘って、何を戸惑う必要があるんだ。
自分の気持ち悪い何かにイラついた。
いつもそうだ、事あるごとに一人勝手に意識して、傷ついて落ち込んで。
やり取りは裏腹に心で腐っている自分が一人事を言い始めていると、
彼はぐいぐいと話を進めてくる。
「いつが都合ですかね?」
「ちょっとスケジュール確認しないと分からないんだけど……」
「じゃあ、これ!」
そういって彼はズボンのポケットから一枚の紙を出してきた。
「連絡先です。都合の良い日教えてください。
僕は土曜日の夜とか早く上がれるんですが、平日でも全然大丈夫です!」
キラリとした20代前半の若さを感じる。
「ははは。若いね〜」
茶化しながらも、内心はドキドキもんだ。
彼の連絡先を手に入れたのだから。
これからは毎日連絡が…って、そんな気持ち悪いだけか。
「じゃあ、また!お待ちしてます!」
彼はペコりと頭を下げた。
自分もまた、とうなずき浮き足立つ気持ちを必死に抑えてその場を後にした。
……。
その夜、自分は携帯画面と必死に格闘していた。
どんな文面が良いだろうか。
スケジュールは確認済みで、あとは言葉選びだけだ。
なるべく、やり取りが続くようなのが良いけど……。
「わっかんねー」
ベッドに横たわって一人ぶつぶつ言いながら、
結局当たり障りない文章でまとめた。
お疲れ様から始まり、適度に礼を交えて、
相手に合わせて今週の土曜日の夜19時とか大丈夫?……送信。
時刻は午前1時。
彼はバイトが閉めまで入ってるといつも
2時くらいに寝ていると言ってたから、まだ大丈夫だろう。
妙に冴えた頭で、一人悶々としていると携帯の着信音が鳴った。
聞きなれているいつもの音が凄く楽しげな音に聞こえる。
「お疲れ様です。今風呂に入ってました!
メールありがとうございます。土曜日了解です!
めっちゃ楽しみにしてます!(^^)平田」
顔がにやける。
あの憧れだった存在と飲みにいけるなんて夢のようだ。
溢れる気持ちを抑えて、こちらこそ楽しみにしてるよ、おやすみ。
とまた普通に返すと、どこかほっとしたのかすぐに睡魔がやってきて、
その日は眠りについた。