つまり彼の言いたい事は「最後に一日彼氏になってあげるからこれで後腐れなく
終わりにしよう」というものだった。泣きじゃくった自分にとって最後に情けで
してくれているのかと思いつつ自分はその誘いに乗った。カフェを出て彼は
自分のすぐ隣を歩く。「ちょっと寒いなー」とか気楽そうに話しながらぎゅっと
彼が手を握ってきた。すぐに吃驚し、久しぶりにドキドキしながら彼と歩いた事の
無い道路を行く。幸せな時間だった。普通に一緒に歩いて他愛もない世間話を
して彼の家に迎えられて、彼と一緒にお昼ご飯を作って一緒に食べた。
自分が彼を一目見て3年間夢見続けていた事が今あるという事にこれ以上なく
幸せだった。
夕方少し前になって、自分はふと聞いてみた。
「ねぇ、俺といてさ…ぶっちゃけ楽しい?」
何でこんな事を聞いたのかは分からないけどでもふと頭をよぎった事だった。
彼は少し考えたようにして
「ん…まぁ、楽しいよ。お前って結構よく喋るんだな、高校にいた時も
話しかけてくれりゃさ良かったのに」
そんな簡単な話なんかじゃない、学校の人目につく所でそんな事出来ない。
でもそういった事に彼は気付いていない様子だった。「優しいんだね」と
自分は恥ずかしながらにぼやいた。彼が、にっこり笑ってくれた。
そのまま彼の部屋に案内された。ちょっと散らかっていたが彼の衣服が
かけてあって何となく彼らしい部屋だった。
この部屋の香り、彼が学校によくつけてきていたバニラの香水が仄かに匂った。
「ちょっと散らかってて、座るとこないんだけど…まぁ、ここでよければ」
そういって彼は自分のベッドに座ってぽんぽんと自分にも隣に座るように
促した。そのまま二人でベッドに並んで座る。彼がこんなにも近くに居た時が
今まであっただろうか。つい自分は、彼にもたれかかった。彼は一瞬吃驚した
ようだったが、そのまま頭を撫でてくれた。
「部屋に来てから急にやられるとちょっと照れるわ」
本当にそうだったのかは置いてもそう言った彼は何だか可愛らしく見えた。
本当に夢を見ているみたいだった、流れとはいえ彼と一日こんなに一緒に
いられてそのまま彼の部屋に二人でいる。「この時間がずっと続けば良いのに」
そんな台詞に今まで共感した事は無かったのに今になって実感している。
幸せすぎて何だか手足の先から溶けていきそうな感覚がずっと自分を襲う。
何だかちょっと熱っぽいのかな、そう考えながら自分は彼に抱きついてみた。
「うわっ。なんだよ〜」
彼はぎょっとした用だったが、自分を見つめたままされるようにそのまま
抱き返してくれた。ベッドの上で絡むように彼に抱きかかる。肌の体温を
じっとりと感じるように、彼も困り顔だったがそのまま手を背に回して
ぎゅっと抱きしめる。彼の細い身体はとても抱きやすくて、その造形の綺麗さ
にずっと魅入っていた。