白髪の男性教師が黒板に数式を書く音が響く
「岡本!!答えてみろ!!」
教師は数式を書き終えると教室の一番左後ろの席に向かいチョークを投げた
頬杖をついて窓から空を眺めていた岡本は急に呼ばれた自分の名に一瞬
「えっ?」
と驚いたが
飛んできたチョークを俊敏に左手で掴んで見せた
「さすがキャッチャーじゃのう。ちゃんと授業に集中せぇ」
「すいません。ちょっと考え事してたもんで」
掴んだチョークを左手でクルクルと遊ばせながら岡本が答えた
岡本太一。
この高校の野球部で青山浩介の恋女房。
ラグビー部のようなゴツい体格からは想像できない優しい性格で
その温和な人間性でバッテリーを組む青山を常に支えてきた
絶対的エースの青山をしっかり支えていれば本気で甲子園を狙えると思っていた
…はずだった
岡本は悩んでいた
ここ3日間、青山が練習に来ていない
練習どころか学校にすら来ていない
岡本は悩んでいた
「浩介…野球部辞めるなんて言わねーよな…」
心辺りはあった
先日の練習試合のこと
大会前の大事な練習試合だったのだが
マウンドに立った青山は直球に伸びがなく初回から相手校に連打を許してしまったのだ
岡本にはそれが青山の手抜きに思えた
「浩介!!やる気ねーなら野球辞めちまえ!!」
次の日から青山は学校に来なくなった
怒りからつい心にもないことを言ってしまった
そう反省している
もう1度
青山の球を受けたい
そんなことを
授業中考えていたのだ
チャイムが鳴り
授業が終わると岡本は
廊下から自分を呼ぶ人がいるのに気づいた
背が低く体も細い
うちの高校の制服を着ているが面識はない
きっと2年だろう
2年が俺に何の用だ?
そう思い廊下へ行くと
「岡本先輩ですよね?初めまして。実は僕、青山先輩から伝言を頼まれまして…」
その地味な後輩は
自分の言いたいことだけペラペラと一方的に話すと2年の教室へと帰って行った
どういうことだ?
その後輩が言うには
青山は学校には来ているが授業に出ず、廃部となった男子ダンス部の空き部室で1日中、不良たちと過ごしているらしい
話があるから
そこまで来いというのだ
岡本には信じられなかった
あの真面目な青山浩介が不良になるなんて
あの野球が大好きだった青山浩介が野球を辞めてしまうなんて…
岡本はその場で呆然と立ち尽くすしかできなかった