高校生活のことを小説風に書けたらなと思って投稿しました。かなりの長文になるかもしれないので、予めご了承ください。
俺がその人を見たのは、実は中学3年の時だった。友人の直樹に連れられ、高校サッカーの試合を競技場にまで行って観にいったのだ。俺はというと、中学では帰宅部で運動にはほとんど関わる機会がなかった。決して運動オンチでも運動嫌いでもないのだが、スポーツをして目指す目標だとかそんなものがそのときは具体的に思い浮かばなかったからスポーツをやることもなかったのだ。だからと言っちゃなんだけど、野球やサッカー、バスケットボールなどの詳しいルールがよくわからなかった。だから今回の直樹の、「高校のサッカーの試合を観にいこうぜ!」という誘いもあまり気が進まなかったんだけど、またこいつが強引で、一度言ったら聞かないもんだから、俺は直樹に付き添うかたちで仕方なくついて行くことになったのだ。
競技場と言ってもそんなに大きなものではない。石造りの競技場で、広いサッカーコートを中心に、楕円形に簡素なつくりの客席が並んでいた。客席は二階から見下ろすかたちで、こうやって隔てられたかたちで見ると、コートで走る選手はプロのサッカー選手のように思えた。
直樹と俺は客席に座るんじゃなくて、客席を下って、コートに一番近い、一階に落っこちないように立てられた腰ほどの高さの柵にもたれかかって試合を観戦した・・・・・といっても、試合を観戦していたのはほとんど直樹で、俺の隣で「かっけぇ」だとか「すごい!」だとか、始終興奮した面持ちで夢中になっていた。一方の俺はというと、客席をぐるっと見回していた。今回の試合がどのくらい重要な試合なのかは俺にはわからないが(直樹が俺を口説き落とすためにいろんな情報を言っていたが、興味のない俺には全然頭に残っていなかった。たぶんそのときにこの試合がどういう試合なのかということも説明していたと思う)、観客もまばらだった。たぶんこの観客席にいる人たちは選手の家族や親戚がほとんどだろうと思われた。その他は、俺たちのように暇をもてあましてふらふら立ち寄った人が数十名っていう感じだと思う。要するに、テレビで中継されるようなすごい試合ではないということだ。
俺は状況をある程度把握するとようやくコートを走る選手たちに目をやった。しばらくぼうっと眺めていたけど、焦点の合わない視界に突如として赤いユニフォームの選手が横切った。俺は我に返ったように意識をしてその選手に目をやった瞬間、その選手にパスがわたり、ボールとともに駆け出した。その身のこなしは目を見張るものがあって、相手選手をくるっとターンで撒くとまた直進し、今度はボールを蹴り上げてそのまま相手選手を抜くとみるみるうちにゴールに近づいていった。
『いく・・・・・・!』
俺がそう思った瞬間、その選手はシュートを打った。ボールはまっすぐにゴールに向かって飛んだ。だけど相手チームも手ごわいらしく、ゴールキーパー手前で別の選手がボールの行く先をヘディングで変えてしまうと、そのボールはゴールキーパーにがっちり止められてしまった。
『惜しい・・・・・・』
俺はいつのまにか息を詰めていたことを知って、その言葉とともに、はぁ、と息を吐いた。
その後は直樹と一緒に試合の行方を観戦した。その後も行ったり来たりの攻防戦が続いていた。そんな中でも俺が注目したのは、さきほどの選手だった。
試合も終盤戦に差し掛かった頃、俺はふと直樹に聞いた。
「なぁ、直樹、あの赤いユニフォームの人って、知ってる?」
すると直樹は「おっ」と言って喜んだ様子だった。
「やっぱ素人でもわかるんだなぁ、どの選手がずば抜けて上手いのかとか。あの人は中村誠二(ナカムラ セイジ)っていってまだ高一なんだ。なんでも幼いころからずっとサッカーをやっててさ、中学でも結構有名だったんだぞ!」
「へえ・・・・・・」俺はそれだけ答えた。
その後も直樹は嬉しそうにその人の情報を話してくれた。高校に入ってすぐ、その技術が認められて・・・・・・というより、中学時代の活躍がほぼ知られていて、一年なのにレギュラーに抜擢。そして十分に高校サッカーでも活躍しているのだそうだ。直樹の言ったとおり、素人の俺でもその華麗なボールさばきは他の選手の群を抜いて上手いことがわかる。それは本当に惚れ惚れするほどだった。直樹はさらにこんなことも言っていた。
「それに超イケメンだろ!サッカーの技術も上手い、顔もイケメンなんて、女の子がほっとくわけないじゃん、なんでもさあもうすでにあの人のファンクラブが高校でできてるらしくてさ・・・・・・」
「そうなんだ」そこから後はよく聞いていなかった。
その人がイケメンかどうかはここからじゃあ遠くてわからない。たぶん直樹は以前に一度、間近でその人を見た事があるんだと思う。
そのときの試合は2対3で、その人がいる高校が負けてしまった。やっぱりサッカーはチーム競技で、一人がずば抜けて上手くても勝てないということがわかった。
試合が終わって直樹と二人で帰っているとき、俺は言った。
「今日はありがとうな。おかげでいいものが見れたよ」
「お、どうしちゃったの?めずらしい。面白かった?」
俺はうなずいた。俺はサッカーがこんなに楽しいものだとは知らなかった。そう思ったのもすべてあの人のテクニックだった。一人であんなたくさんの人を欺いて軽やかにボールをゴールまで運んでいく。その爽快さがたまらなかった。そして、そんなテクニックを持っている人がいるにもかかわらず、チームとしては勝てないチーム競技の難しさ。久しぶりに興奮した気がした。
それは俺に目標ができた瞬間でもあった。今はまだ、「あの人のように上手くなりたい」というちっぽけな目標だけれど、サッカーを始めたいというきっかけには十分だった。そして、きたる高校入試では、あの人の高校に行きたいという目標も同時に見つかったのだ。
その後、あの人の通う高校について調べてみると、文武両道を誇るレベルの高い高校でもあることがわかった。俺の頭ではなかなか難しい高校であったが、その後の中学生活、勉強をとにかく頑張った。そのおかげでなんとかあの人のいる高校に入学することができたのだが、試練は高校入試ではなかった。高校に入ってからが本当の試練で、高校入試など、その序の口でもなかったのだということを、その高校に通いだして痛感させられることとなる。