しばらくの間、コウスケは震える俺を何も言わずに抱きしめてくれた。
その温かさを全身で感じているうちに、高まった俺の気持ちはしだいに落ち着いてきた。
こんな風に甘えきってる自分には嫌気がさすけど、今はただこの懐かしさを一心に感じていたい。
「ジュンキ?良うなったか?お前は今は休んどけ」
俺の落ち着きに気がついて、コウスケが俺の顔の覗き込んで言った。
俺は急に恥ずかしくなって、涙を拭いた。
他人にこんなにも感情をさらけ出したのは初めてだった。
「おし!飯は俺が作ったる!ジュンキは横になっとけ。風邪悪化したら困るやろ」
そう言って、コウスケは白い歯を見せて微笑んだ。
食料を届けてもらった上に、これ以上コウスケに世話をかけるのは気が引ける。
「いや、俺もう大丈夫だから。コウスケは明日大丈夫なのか?」
「ジュンキがこんな状態やのにほっとけるわけないやろ。飯作ったるけど、そのかわりに俺も食ってええか?(笑)」
昔と同じ笑顔だ。
その笑顔につられて、俺も少し微笑んだ。
「おっしゃ!台所借りるで。即行で作ったる。鍋でええやろ?」
そう言ってコウスケは台所に向かった。
頭痛はやっぱりひどいから、俺はベットに横になり、黙々と作業をするコウスケの背中を眺めることにした。
今こうやって、コウスケが目の前にいることを改めて実感する。
俺は自然に口を開いていた。
「コウスケ。ありがとう」
俺の声は死に逝く病人のようだったかもしれない。
コウスケは背中を向けたまま、少し照れくさそうに返事をした。
「ん?お、おう」
風邪をひいているのと泣いたことのせいなのか、俺はいつもより意識がぼんやりとしてて、自然と思ったことを言えてしまう。
「なぁ、コウスケ?俺が昨日言ったこと、信じてほしい」
俺は背中に病人のような声で話しかけた。
一瞬コウスケの動きが止まったが、すぐに作業に戻った。
「おん。信じとるよ。信じとるし、なんや、嬉しかったわ」
その背中はまた照れくさそうに、優しく言った。
「ならよかった。なぁ、コウスケ?風邪治ったら、一緒に走ってほしい。俺、コウスケが転校してってから、毎日走った。またコウスケと一緒に走れるようにって。やっぱりダメか?」
少しの沈黙の後、コウスケが言った。
「あんな、ジュンキ。俺、ジュンキに謝らんといけんって、昨日あの後気付いたんや」
コウスケは背中を向けたまま、ゆっくりと話し始めた。
「俺、転校してもジュンキのこと忘れれんくて、ずっと後悔しとった。何も言わずに去ったやろ。それで俺、イライラしとって、それを紛らわすために、俺、出会い系に走ってしもうたんや。ジュンキを忘れるために、ようわからん奴とヤッテしもうた。俺、最低やろ……やから、ジュンキの気持ちには前みたいに応えられん思う」
そうだったのか
だから昨日あんなこと言ったんだ
コウスケも俺と同じように後悔してたのか
コウスケの気持ちは痛いほどわかる。
「俺、コウスケのこと最低なんか思わんよ。今こうやって、充分応えてくれてるだろ?最高だよ。なぁ、また走ってよ」
「ええんか?ジュンキ。俺、こんなんやぞ?」
コウスケが振り返って、俺を一心に見た。
「俺、好きだから。コウスケのこと。だから、どんなんでもいい」
今夜の風邪は俺に魔法をかけているようだ。
俺は初めてコウスケに好きだと言った。
それは自然に言えていた。
そして、コウスケの表情は緩んでいき、おなじみの白い歯を見せた。
「ジュンキ、変わったな。俺ますます好きになったぞ(笑)」
コウスケは笑顔を輝かせながら、俺に飛びついてきた。
重くて動けないけど、その重みが心地いい。
コウスケは俺の上に乗って、俺は唇を重ねた。
抱きしめる腕はさらに強くなり、俺もそっと背中に腕を回した。
俺もコウスケもお互いをいままでよりもいっそう強く感じた。
台所の鍋からは、いつかのリンゴがほのかに香っている。