そうですよねぇ。みなさんのおっしゃるとおり、俺は隼人に対して酷いことをしました。もちろん。それに気づかされたわけですが、それに気づいたときの俺は・・・・・・まぁ、これは本文で語ることにしましょう。毎回毎回長文ですみません。文章表現を褒められるとすごくうれしくなります。しっかりとエッチな場面も書かせていただきので、もうしばらくお待ちを。ちゃんと到達しますよぉ〜!じゃあ、続きです。
次の日、電車に乗った俺は首をかしげた。いつもの席に隼人が座っておらず姿が見えなかったのだ。そして昨日のことを思い出して納得した。
『そう言えば昨日、明日から30分早く行くとか言ってたっけ・・・・・・』
俺は妙に物悲しい気持ちがしたけど仕方がないので、扉の横に凭れかかって、電車に揺られながら学校をめざした。その間も鈴奈とのメールのやり取りは続いていた。
朝の登校時に隼人と会話をしなければ、それ以外ではほとんど会わなかった。隼人の姿は廊下で数回見かける程度で、夏なんかは部活中、体育館の扉越しに野球部の練習風景を見られたが、今は11月に入り扉も閉ざされ見ることはできなかった。見かけた隼人はどれも遠くて話すまでには及ばなかった。何度か隼人のことが気になって4組に会いに行こうかなとも考えたけど、そう隼人のことを思い出したときに限って鈴奈やほかの友人との用事がはいって会いに行くことができなかった。そしてまた、それでもいいや、という自分の中になんだかわからないそんな軽い気持ちがあったのも事実だった。
そんな、隼人とまったく顔を合わさない日が四日間続いたある金曜日。授業が終わっていつものように部活を行う。誰もいなかった体育館はひんやりとしていて身を震えさせながら体を暖めた。
俺はこれでもバスケットボールが上手い方で、前にも少し言ったが、1年生でレギュラーにまで選ばれる一応のテクニックはある。今日も筋トレ、練習、練習試合を数度くり返す練習メニューだった。
そして部活が終わったのは8時半。いつもよりだいぶ長くかかって部活は終了した。先輩達が言う。
「今日の掃除当番は?」
そう一言で思い出した。今日は自分の番で、しかも俺一人で掃除をする番だった。俺はつくづく呪われているらしく、よりによって部活が長引いたときに掃除するケースが多い。俺はため息混じりで返事をすると、部員とともに更衣室に入り、着替えた後、部室と体育館のボールの片付けをした。
すべてを終えたのは9時を少し回った後だった。鍵を返しに職員室へ行こうとすると、体育館の鍵がまだ返ってきていないことに気づいた顧問と出くわし、顧問に鍵を返却した。
「本当にちゃんと戸締りをしたんだろうな?」
「任せてくださいよ」
「・・・・・・じゃあ信用しよう。あとゴミ捨ては頼むな」
「はい。お疲れさまでした」
「お疲れ。気をつけて帰れよ」
そう言って俺は顧問と別れた。そしてゴミ捨て場にゴミを置きに行こうと、校舎とグラウンドの間の道に立ったとき、ある光景が目に入ってきた。
野球のグラウンドに一人、ボールの片付けをする部員がいた。すでに制服に着替えており、汚れることも気にしていない様子で、ボールを雑巾で拭いてはカゴになおしてゆく。まだグラウンドには20球くらいのボールが点在しており、座ってボールを拭いている部員の前には10球ほどのボールが山積みにされていた。
それは間違いなく隼人だった。隼人は道に立っている俺の存在に気づくことなく、熱心にボールを磨いていた。俺は久しぶりの隼人に、なんだかどきどきした感覚と初対面のような緊張した感覚を覚えた。そっと隼人に近づく。
もう普通の声で話しても聞こえるくらいの距離になって初めて隼人が顔を上げた。校舎の外灯で俺の影が長く伸び、隼人にかかったからだ。逆光で顔を判別しにくいのか、隼人は眉をしかめてしばらく見つめてきた。先に口を開いたのは俺のほうだった。
「久しぶり」
その声を聞いてようやく理解したようで、隼人は屈託ない笑顔を見せてくれると「久しぶり」と返してくれた。俺はその場にカバンとゴミ袋を置くと、グラウンドに点在しているボールを拾い集め始めた。
「俺も手伝ってやるよ」
「ありがとう」
俺はせっせとボールを回収し、隼人の前に山積みにして置いた。最後の一球を拾うと、それを持って隼人の正面に腰を下ろすと、ボールのカゴにかかってあった雑巾を手にした。
「これ、普通に拭いたらいいだけ?」
「うーん・・・泥を落としてできるだけ磨いてほしいかな」
「りょうかい」
俺は隼人を見習ってボールを拭き始めた。
しばらくすると自然と会話が生まれてきた。
「てか一人で片付け?」
「うん。本当は一緒に片付ける人がいたんだけど・・・・・・先に帰ってもらった」
「なんで?」
俺がそう聞くと、隼人は苦笑いを浮かべて言い渋った。
「・・・・・・いやあ、まあ、いろいろとね・・・・・・」
「そっか・・・・・・」
そう言えば昔にも同じことがあったよなと思った。あれは確かゴミ置き場の手前の裏庭だった。たまたま隼人の電話を聞いてしまったのだ。あの時も自分ひとりが掃除をする羽目になって起こったできごとで、今日のこの時も一緒だった。
俺は次の質問をした。
「朝練頑張ってる?」
「えっ、あ・・・・・・うん。頑張ってるよ」
「そっか、よかった。隼人がいない初日は驚いたんだぜ?なんでいないんだって」
俺がそういうと、隼人は笑ってくれた。今度は隼人が質問してきた。
「彼女とはどうなの?うまくいってるの?」
「うまくって言うか・・・・・・まあ、普通に。この前もさ、昼飯を一緒に食べたんだけど・・・・・・」
そこからは俺と彼女とのできごとを俺が一方的に話し始めた。鈴奈との朝のメールのやりとりや、鈴奈はどんな子なのか、吹奏楽部ではどんなことをしていて、こんなできごともあったよだとか。とりとめもない話を隼人に向かってしていた。
隼人も最初の方は笑顔で相槌なんかもたまに打ってくれて楽しそうに聞いてくれていたが、途中から元気がなくなっていくと、黙ってもくもくと作業をし始めた。
俺はどこまでも鈍感で、隼人がこんな話を聞きたくはないとつゆひとつたりと思わず、逆に聞いていない隼人に対して俺は少し苛立った。
「てか隼人、聞いてる?」
俺が少し声を荒げて・・・・・・もちろん冗談めかしてだが言うと、隼人はすっと手を止めて、細く長い息を吐いた。そしてそこからかすかに声が聞こえた。
「・・・・・・れたよ」
その言葉はあまりに小さくて聞こえなかった。
「隼人?なんか言った?」
俺がそう言うと、少しの間があった後、今度ははっきりと言った。
「・・・・・・もう、疲れたよ」
「えっ?・・・・・・」
その静かに言う言葉には、隼人の普段見せない顔があるように思えた。本音がため息とともに漏れたみたいで、いつも元気な隼人からそんなネガティブな発言が飛び出すとは思いもよらなかったので一瞬で言葉をなくてしまった。うつむき加減の隼人の表情はなんとも悲しそうで、俺は我に返ったようにはっと息を呑んだ。
すると次の瞬間、隼人がばっと立ち上がると、俺を鋭い目で見下ろした。決して睨んでいるわけではないが強いまなざしだった。そしてその瞳の中にも物悲しさを秘めているようだった。隼人は強い口調で言った。
「もう疲れたんだよ!」
俺は今までに見たことがない隼人を見上げ、軽い恐怖心を覚えた。
「ご、ごめん・・・・・・こんな話、あんまり聞きたくなかった?」
俺は完全におびえた表情で、もうしわけなく言った。すると隼人は激しく首を振った。
「俺の気持ちを抑えておくのに・・・・・・」最後の方は消え入りそうな声だった。
そして一歩前へずんと詰めてきた。俺はとっさに殴られるんだと思って反射的に目を瞑った。でも感触はまるで違うかった。乱暴にあごをつかまれたかと思うと、次の瞬間、俺の唇にあたたかい、そしてやわらかな感触が当たった。俺は思いもよらない衝撃に目を開けた。しかし目を開けても真っ暗で、何が起こったのか状況を把握することができなかった。だいぶ長い時間をかけて、やっとのことで、俺は隼人にキスされているんだと気づいた時、隼人の唇が俺の唇からはずれた。そして、俺の耳元でささやいた。
「俺は翼くんが好きなんだ」
隼人が言ったのはそれだけだった。隼人は中腰の姿勢を元に戻すと、自分のカバンを持った。そして俺の背中越しに最後の声が聞こえた。
「ごめん・・・・・・」
そういうと、隼人がグラウンドを去る足音が聞こえて、それもやがて聞こえなくなった。
残された俺はしばらくの間、放心状態だった。なにがどうやってどうなったのか、まったく頭が回転せずに、理解することもまたできなかった。ごちゃごちゃになった頭のまま、とにかくあと数球残っているボールを、泥を拭いて片付け、隼人が拭いていた雑巾と自分の分の二枚を水道で洗い泥を落としてカゴにかけ、カゴ自体はどこに置くのかわからなかったが、だいたいこのへんだろうと思うところに片付けると、俺はふらつく足取りで帰った。
いろんなことが気になった。なぜああいう状況になったのか、隼人が最後に言った『ごめん』とは、なんの了承もなくキスをしたことに対する謝罪なのか、後片付けを放りだして帰ることに対する謝罪なのか、それとももっと別のなにかか。疲れたとは何に対してか。自分の気持ちを抑えておくのにとは、いったい何を抑えていたのか・・・・・・。自分では答えが導き出せないものがぐるぐると頭の中を行ったりきたりしていた。俺はゴミ袋をゴミ置き場に置くことも忘れて、気づけば家にまでゴミ袋を持ち帰っていたのだった。