隼人と登校し始めて一ヶ月、だいぶ親しくなって、初対面の頃には隠していた性格の部分もある程度把握した。お互いどういう性格をしているのか、まだまだ浅いけどわかったつもりでいる。隼人はというと、相変わらず冗談と真面目が入り乱れて会話するお調子者でテンションも毎日高かった。その陽性で明るい性格はいろんな人に認められている。というのも、隼人と登校するようになって学校でも隼人をよく見かけるようになったのだが、その交友関係の広さに驚かされる。見る時見る時ちがう人と会話をし、相手と一緒に笑っていた。もしかして俺の知らないところで人気者なのかもしれなかった。
一方の俺はというと、親しくなれば親しくなるほど、負の一面が顔をのぞかせる。俺は自分で言うのもなんだけど、隼人ほどできた人間じゃない。苦手な人はいっぱいいて自分から壁をつくってしまうタイプだし、すぐに怒ったりすねたり感情の起伏が激しいし、それに何と言ってもわがままなのだ。この『わがまま』がくせもので、最近、隼人との会話でも顔をのぞかせるようになっていた。自分でもいけない・・・特に目の前に完璧な人が居たら尚更思うんだけど、なかなかなおせないでいるのが現状だった。
そんなあるとき、隼人が昼休みに俺に会いに来た。まもなく午後の授業が始まる時間帯だった。1年2組(俺の教室)の扉の前で俺の名前を呼ぶもんだから、教室にいたほとんどの人が隼人に視線を向けた後、俺にそそいできた。俺は急に恥ずかしくなってすたすたと教室を出た。
「どうかした?」
隼人の教室訪問はこれが二回目だった。一回目はもちろん変てこな自己紹介をしたときだ。だからかなり珍しかった。
隼人はもうしわけなさそうに頭をかいて口を開いた。
「あのさ、今日数学の授業ある?あったら教科書を貸してほしいんだけど・・・」
「なんだそんなことか。いいよ、ちょっと待ってて」
俺のクラスは今日の1時間目が数学だったから教科書は持ってきていた。自分の席に取りに帰って教科書を探していると、なんか視線を感じてあたりを見回してみる。すると気のせいか、クラスの全員が俺を見ているような気がした。俺と目が合ったらぱっとそらして自分たちの話題に戻っていった。俺は首をかしげて教科書を持って教室を出た。
「はいよ。あんま忘れんなよ」
「悪い。ありがとな。次の休み時間返しにくるから」
「おう」
そう言うと隼人は自分の教室に戻っていった。
俺が席に着いて次の時間の準備をしていると、クラスメイトの一人が俺の前の席に、後ろ向きに座ってきた。
「ねえ、さっきの宮崎隼人だよね?友達?」
「え?ああ、そうだけど・・・友達なのかな、最近一緒に登校してる」
「まじで!どうやって友達になれたの!?」
クラスメイトの吉田は、目を輝かせて興奮したような感じだった。俺はいぶかって答えた。
「どうやってって・・・普通に会話してだよ」
「普通に話しかけたら友達になってくれるかな?」
俺には言っている意味がわからなくて、「はぁ?」と声が出そうだった。なんとかそれは堪えて言った。
「友達になってくれるんじゃないの?だれに対しても愛想よく対応してくれるよ」
「そっか、じゃあ今度話しかけてみるわ!」
そう言って席を立とうとするからすぐに呼び止めた。
「ちょっと、あの、宮崎がどうかしたの?」
俺がそういうと、吉田は驚いた表情を見せた。
「おまえ、もしかして知らないの?」
俺の顔は更に困惑した。それを見た吉田はもう一度座りなおして話してくれた。
「宮崎隼人って言ったら野球で有名なんだぜ?小さいときから野球のチームに所属していて、中学のときなんかは将来有能な野球選手だってずっと騒がれていたんだぞ?それも知らないの?」
俺は全然知らなかった。なぜなら野球に一切興味がなくて、基本のルールすら危うい状態だった。その後も吉田は『宮崎隼人』に関して、守備がどうだの打率がどうだの熱弁していたが、興味のない自分にとってはどこがどうすごくてどうだったのかがわからなくて、ほとんど忘れてしまった。
そして午後の授業のチャイムが鳴って、授業が始まったけれど、吉田が話してくれたことが気になって授業に集中できなかった。
しかし俺が隼人と知り合いだって知ったときのみんなの顔、ちょっと驚いたような凄い!といったような顔を思い出せば、彼がどのくらい凄い人物なのか想像できそうだった。中学の時からそんなに騒がれる人物なんているんだと、なんだか他人事のようだった。
その授業後、隼人が教科書を返しにきた。俺はさっきのことが頭から離れなくてじっと隼人の顔を見ていた。すると隼人はたじろいでいった。
「な、なんだよ」
俺はふっと我に返って、「いや、べつに」と軽く受け流してそのときはわかれた。さっきのことを聞くにはあまりにも休憩時間が短すぎたからだ。また明日の登校中に聞けばいいや、と思ってそこでは聞かなかった。
そして次の日の朝、いつものように隼人がすでに乗っていてすでに立っていた。
俺はドアを背凭れにして立って隼人と会話した。最初はいつものように他愛無い話で盛り上がった。こんなお調子者の隼人が、誰もが羨む有名人だとは到底思えなかった。そして、会話に一度区切りがついたところで聞いてみた。
「ねえ、隼人って有名人なの?」
「なんだよ、いきなり。有名人がこんな辺鄙なところにいると思うか?」
「野球で有名なんじゃないの?」
そう言うと、隼人は一瞬息を詰めたようだった。
「・・・もしかして、聞いちゃった?」
俺がうなずくと隼人はため息をついた。
「まあ、小さい頃からやってたからね。普通に部活とかでやってる人たちに比べればちょっと上手いってことだよ」
「でも中学のときは騒がれてたって」
「おおげさだなあ、そんなことないない」
「・・・ほんとに?」
俺が強い目で隼人を見つめると、隼人はちょっと泳いだ目で言った。
「・・・若干」
やはり昨日吉田が言っていた『宮崎隼人』とここにいる宮崎隼人は同一人物なのだ。そうなれば聞きたいことが山ほどある。
「なんで今まで言ってくれなかったの?最高の話題じゃん!」
「だって翼野球に興味ないんでしょ?だから話しても仕方ないと思って」
俺はそれを聞いてカチンときた。隼人がそういう意味で言ったんじゃないとは思うけど、それでもその言葉は聞き捨てならなかった。
「それ、どういう意味?つまり俺とは野球の話ができないってこと?」
「いや、そういう意味じゃないんだけどさ・・・・・・」
「つまり何?俺用に話を合わせていたわけ?本当は野球の話がしたいのにこいつに話しても仕方ないからわざと会話を合わせていたわけでしょ?」
「いや、だからそういうことじゃなくて・・・・・・」
俺は隼人の言葉をさえぎって言い募った。
「合わない会話だったらそう言ってくれればわざわざ義務的に毎日一緒に登校することないじゃんか!そんなのは最初に・・・・・・」
その時、慌てた隼人は俺の口を手で押さえた。そして隼人は周囲の人にぺこぺこと謝っていた。見れば乗客のほとんどがこっちを向いていた。
「いいか、手どけるけど話さないでくれよ?とにかく聞いてくれ、とにかく」
隼人はそっと俺の口を塞いでいた手をどけた。
「まず始めに今まで翼くんとの会話を楽しんでなかったと思うか?笑ったのも熱中して話したのも全部ウソだと思うのか?全部ホントで本気で楽しかったんだ。野球のことを伏せていたのはごめん、謝るよ。でも逆に翼くんが野球に興味がないことは俺にとっても好都合だったんだよ。ほら、野球以外にも話したい話題なんていくらでもあるじゃん。だから野球の話は野球が好きな者同士話せば済むわけで、それ以外のことを翼くんとは話したかったんだよ。べつに深い意味はないんだ。勘違いさせることを言ってごめん」
ここまで説得されると、何もないことで怒った自分が馬鹿みたいに思える。急にいたたまれない気持ちになった。
「・・・わかってくれた?」
俺はぎこちなくうなずいた。
「最初からそんな意味で言ったんじゃないなとは頭のどこかでわかってたんだ。でも、なんでだろう・・・俺ってひねくれ者だよな・・・すっげータチ悪い」
俺ってつくづく行動した後に後悔する性格なんだなって、性格の良い隼人を前にして思った。
「そんなことないよ。俺の方こそ不安が残るようなこと言ってごめん」
この潔く謝れる性格もまた、俺を落胆させる原因になっているとは、隼人は知る由もないだろうなと思った。
そうしているうちに電車は学校の最寄り駅に到着し、俺たちは降りた。隼人が空気を一新しようと口を開いた。
「それにしても慌てたよ。いきなり絶交とか言われたらどうしようかと思った」
隼人は額の汗をぬぐう素振りをして見せた。
「・・・ごめん」
「もういって。さ、行こうぜ」
駅を出て学校へ行く道中、すこし気を取り直した俺は隼人に言った。
「別に野球の話をする人たちともそれ以外の話をするでしょ?」
「うん。するよ。でもいつのまにか野球に戻っちゃってるんだよね。それに俺に興味をもって来てくれるのはほとんど野球に興味のある人ばっかだからね。だから翼みたいに野球以外オンリーの会話であそこまで話せるのって今までなかったよ」
「でも俺みたいに野球に興味のない人がなにも知らずに隼人に話しかけてきたこともあるでしょ?」
「うーん・・・あるけどさぁ、やっぱり学校では野球仲間と四六時中一緒になってしまうから、友達になれたとしてもやっぱ入りにくいんだろうな。普通に会話をすることはあっても、詰め入った話しまではなかなかね」
そういい終えた後、いきなりひらめいたとばかりにテンション高めに続けた。
「だから翼との朝の通学の時間は貴重なんじゃないか!一緒の方面に野球に関する奴は誰一人としていなくて野球以外の会話を楽しめる。ずっと前にここ歩いてるときに飛び乗ってきた奴がいるだろ?あいつらも野球部に入って今一緒に頑張ってるんだけど、あいつらとは学校に着いたらほとんど一緒にいるようなもんだから別にいいんだよ。だからあのときは追い払ったわけ。オッケー?」
「なるほどね。オッケーです」
俺がそういうと、隼人は屈託ない笑顔を見せた。
「よかった理解してもらえて。これからも頼むぜ、翼くん」
すぐに調子に乗るのも健在だった。
俺たちは校門を通過して学校へ入っていった。